24. 飲み会(女子会)

「それではぁ~、デアナを下水から救った立役者にぃ~カンパァーイッ!」

「かんぱーいっ! うふふっ」

「ヌッ」「ヌフ」「ヌ?」「ヌヌ」「ヌン」

「げ、下水……間違ってはいませんけど……」

「お前らなんでもう酒入ってんだよ」

「目の前に酒があるなら飲むでしょーがぁっはっはっはっはっ!」

『なんかすげえな……』


 透明度の高い酒精で喉を潤す。おそらく自分を潰すために度数の高いものを揃えたのだろう、夕食で飲んだものよりチリリと強く喉を焼く――蒸留酒ブランデーのようだが、後味がすっきりして飲みやすい。甘すぎるものは得意ではないのでありがたいことだ。


「……むぅー、お店で一番強いの選んだのになぁ。ストレートでいっちゃった」

「さっすが! ゲオルグさん潰しただけあるわぁ」

「大丈夫ですか? 何もお腹に入れてないのに」

「ああ。これ柑橘系か?」

「だめだぁ、サニアの実を直食いする人にキくお酒なんてないんだぁ……」


 デアナ民宿“朝鳥亭”、二階の談話室。

 夜もすっかり更けた頃、寝間着姿で酒とつまみを囲んで集まる女が四人。人種も違えば性格も違う、それでもこうして同じ空間にいるのは酒のなせる業――なのかもしれない。


「なんでそんなに私を潰したがるんだ……」

「えー、酔わない人が酔うとこって見たくない? ならない?」

「わかる。あたしも涼しい顔して飲んでるイケメン潰したくなる。持ち帰りたい」

「もっ持ち帰るって! ハリナさん!?」

「ここには帰ってくんなよ。外行け外」

「あははっ、持って帰ってきたらアメリアが倒れそうだしねっ!」


 けらけら笑うのは獣人族、猫の耳と尾を持つ猫人の女。十人中十人が夜の店の関係者だと言うだろうが、彼女はれっきとした日中に働くウエイトレスである。艶めいた長い黒髪に垂れ目がちの目元、ぽってりとした唇に甘い声という歩くフェロモンのような女だ。名をハリナという。


 いじられて顔を赤くしているのは亜人族、つんとした耳に背中から生える翼が特徴的な有翼人フィニアの女性である。シニヨンにして纏めたプラチナブロンドの髪、ぱっちりとした穏やかな目にあどけなさを感じるが、職業は教師らしい。名をアメリアという。


 ハリナにアメリア、ぶつくさ言っているリィンにセレを合わせて四人。現在の朝鳥亭の二階、女性エリアの全滞在客である。

 もっとも、ハリナとアメリアは宿の定期契約更新をしているのでほぼ住んでいると言っていい。リィンは定期的に実家に帰るらしく、年に数か月は宿の部屋を空けるそうだ――滞在する時期は部屋は空けてもらっているらしいので、半分は住んでいると言っていいかもしれない。


 なんとなく物足りず、魔導具店で購入した保存袋からサニアの実を取り出してグラスの上で絞る。ボレイアス大森林で採集して買取に出さなかった物だが、口寂しくなった時にちょうどいい。一粒で得られる満足感が携帯食よりも高いのだ。

 栄養価が非常に高いが酒精も凄まじく高く、普通は実をそのまま食べることはないという。干して砕いて酒精を抜いてから少量を薬や栄養食、調味料程度に使うのが普通らしい。以前つまみ代わりに齧っているところを見たリィンにドン引きされた。エナも食べていたというのに解せない。


「うわぁ、また絞ってる……よく倒れないねぇ」

「前ふざけて食べた奴が鼻血吹いて倒れてたけど、大丈夫なの?」

「特に……味が濃くていいと思うけどな」

「ひえぇ……セレさんは本当に体がお強いですね」


 エナにも分けてやろうと思ったが、小土人ノッカー達にまた絡まれていた――しばらくそっとしておこうと思う。

 遥か昔――本当に若い頃に二日酔いは経験したが、いつからか完全に“酔う”ということはなくなった。酔う手前、少し気分が良くなる程度で止まってしまうのだ。


 基本的に堕欲者グリードは酒に強い。そしてそれは<カルマ>の練度、肉体の練度に比例する。なので、七ツ星が集まった飲み会など、部屋に入った者が匂いだけでぶっ倒れるような酒ばかりが必然と並ぶようになる――どこかの酒造が“七星殺し”という自称“最狂の度数150%”らしいよくわからない酒を造ったが、あれはなかなかにキく。店主が堕欲者グリードなだけはある。



「にしても、大ごとになっちゃったねー」

「明日の一面は確実だわねぇ。結局どの辺までやられてたの? って言っても、あたし下水施設の中身知らないんだけどね」

「私も正確なことはわからん。女王の部屋から穴がいくつか伸びてたから、今頃その確認でもしてるんじゃないか?」

「でも、セレさんが確認した限りでは設備に影響はなかったんですよね? ……あったら嫌だなぁ」

「んふふっ、下水逆流……なんてね」

「なんでハリナさんは楽しそうなんですか!?」

「やめてくれ……想像したくない」


 女王の首を狩った後――。

 部屋の中、壁の中の根啜蟲オスを殲滅し、予備庫から出た頃に大勢を連れたリィンが戻ってきた。

 下水処理施設の職員とデアナの衛兵達。無事町に話が通ったらしく、大雑把に顛末を伝えると俊敏な動きで対応に動き出した。


 地上に上がると周囲もさわさわと騒がしく、野次馬が増える前にと早々にギルドへ撤退した。

 事後処理は全て任せ、報告は後日ということで帰ってきたが、後は優秀な彼らがいいように始末してくれるだろう。そこまで面倒を見るのは御免だ。


「予備庫の中身は全滅してたが、まあ大丈夫だろ。他の設備の管理はしっかりやってたらしいしな」

「ふぅ〜ん、ま、どうでもいいけどね〜あたしは酒が飲めれば何でも〜」

「よくないよハリナぁ、お酒が不味くなるじゃん」

「あぁ〜それは一大事だわぁ〜」

「呑んだくれ共め……」

「ハリナさんったらもう……町に大型の魔物が入るなんて、大変なことなんですからね?」

「はーい、アメリアせんせー」

「リィンさんもですよ!」

「あははっ、せんせー怒ったぁ!」

「飲みすぎて子供返りするなよ。潰れても面倒見ないからな」



「――子供といえば……セレってさあ」

「ん?」


 ずずいっとハリナが体を寄せてきた。際どいネグリジェから豊かな双丘が零れそうだ――いくら女性しかいないとはいえ、その格好はどうかと思う。


「セレって央人族じゃん? で、酒はいける歳なんでしょ? 子供じゃないんでしょ?」

「そうだな」

「でも見た目も肌もめちゃくちゃ若いじゃん? なんか魔導具とか使ってる? もしくは化粧品? おすすめある? どこのメーカー? それとも独自の美容法だったり?」

「多い多い多い。別に何も……ていうか魔導具って見た目に関係あるのか?」

「あるわよぉ! 魔力高い人って老けるの遅いし寿命も長めでしょ? その仕組みをなんちゃらした美容魔導具があるのよ……すーんっごい高いけどね」

「あぁー、ありますねえそういうの。上を見たら際限ないですけど」

「そうなのよ! もうワンステージ上に手を出したいんだけど、なかなかいいのがなくて――」


 初耳である。普段覗くような魔導具店にそんな物があっただろうか――当たり前だがそんな魔導具は女性がひしめく美容関係の店にしかないため、セレにはとんと無縁なものだ。

 というより、二人の会話の内容さえまるでわからないのにそんなことを聞かないでほしい。そういった店で聞いた方が確実だというのに。セレはちびりと喉を潤した。


「確かに……セレさんも、リィンさんも肌が綺麗ですよね」

「……美肌は狩猟者ハンター特有? がっつり体動かす仕事だから!? 運動なの!?」

「私はちゃんとケアしてるよ? 長期で出る時とかもあるし、結構いいの買ってるよ?」

「じゃあセレは? 何使ってるの?」

「え…………み、水……?」


 ――――…………。


「嘘つけぇ! この肌が水で出来るかぁ!」

「ちょ、やめろつつくな! 肌が気になるなら不摂生やめればいいだろ! 酒飲むな!」

「無理に決まってんでしょ!」

「ハリナさん、そんな堂々と!」

「それ言うならセレもパカパカボトル空けてるくせに! ほらほら何なの? 吐きなさい!」

「お前酔ってんな!?」

「あ。ハリナ、私が買ってきたボトル空けてるや」

「酒を取り上げろ! ――大体なぁ、見た目に関してはだ! 周り皆こんな感じだった!」


 ――ピタッ。


 ハリナが動きを止めた。ついでにリィンとアメリアも止まった。

 よくわからないが、今のうちにハリナの腕を引き剝がす――必死に零さないようにしていたグラスをテーブルに移す。襲い掛かる酔っぱらいの対処は片腕では難しい。


「周りって……セレの故郷の?」

「ああ、そうだ……歳より若く見られるのは別に私だけじゃない。周りもそんな感じだった」

「はえー……、地域に根差した一族、みたいなものなんですかねぇ」

「――そういえば……セレって何歳なの?」

「ん? …………んー……、いくつだっけな」

「えっ、覚えてないの?」


 あいにくそれほどまめな性格ではないのだ。自分の誕生日を知るのは知人に祝われたその時である。プレゼントが届くか本人がプレゼントと共に来るかは分かれるが、大体そんな感じだ。

 なにより巨獣狩りという仕事の都合上、長期間町にいないことも多々あるので、日付感覚はあまりないという自覚は一応ある。あまりにひどい時は怒られることもよくあることだ。


「えー……30……6? 8……?」

「さっ38!?」

「え、うそぉ、央人族で38って女将さんと同じくらい?」

「み、見えませんよ!?」

「あ、違う、28だ」

「10も間違えないでよ! いやそれでも10代にしか――」



「そうだそうだ、今年で328だ、うん。去年327ってローズが言ってた」



「――え?」

「は?」

「……??」

『はぁ……はぁ……ローズって誰だ?』

(――ああ、逃げ切ったのか。ローズは――)


 なお、この後言い切る間もなく質問攻めにあったのは言うまでもない――女達の饗宴はまだ始まったばかりである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る