20. “根啜蟲の女王”の調査2

「――かなり天井が高いな。ここはどれくらいの深さになるんだ?」

「そうですねえ……天井の辺りで大体30メットといったところでしょうか。大型の魔導設備も多くありますから、万が一の暴発に備えて深めにしているんですよ」

『30メットってどれくらいなんだ?』

(……あの犬っぽい怪魔くらいだな)

『へえー……そんな深くにこんなもん造るなんて、人ってやっぱすげえな!』


「あ、臭いとか全然しないんだね」

「私、ずっとデアナに住んでて初めて入ったわ」

「俺も……」


 灯に照らされた静穏な通路。リィン達の話し声、足音、呼吸音――そして、さらさらと水の流れる音が反響する。


「ここは浄化済みの水が流れているエリアですからね。最も、絶対に臭いなどが漏れないように、下水も入念な管理が行われていますよ」

「へえー……」

「だから臭くないんだな……」


 ――デアナの地下30メートル付近、下水処理施設。

 町の輪郭に沿って円を描く大きな地下用水路。貯水場代わりのそれに万が一にも混じらないよう、さらに深く、そして避けるように町の中央付近に集積されたのがここだ。


 町の中央よりやや西を通る河川にちょうど掠める位置。ここで浄化された下水はそのまま河川を通して海まで流れてゆく。

 フローラリアから借り受けた地図を広げる。施設管理者への説明から施設へ入る許可まで取り付けてくれた彼女には足を向けて寝られない。


「この町の水――生活用水から下水までの流れはどうなってるんだ?」

「そうですね……そちらの地図を貸していただけますか」


 案内を引き受けてくれた施設職員に町の地図を渡す。隣で下水処理施設の構造図を広げる。

 職員の男性は、町の地図の南を指した。


「南に役場があるのですが、その近くに用水生成施設があるのです」

「へえ……魔導具で生活用水を創ってるのか?」

「ええ、そうです。飲み水は魔導具でいいですが、非常事態に備えて町に水源を持つのは重要です。デアナはボレイアス大森林に近いですからね。そこからこの円環の地下水路を通って町全体に行き渡り、下水は――下水管を通ってそちらの構造図のここに集まります」


 職員が指したのは構造図の中央、一番大きく取られた空間。そこから通路が北に伸びて一回り小さい空間に繋がっている。そして、北の空間から北東、東、南東、南、南西と時計回りに連なって、西に位置する空間を最後に途切れていた。


「中央にあるのは巨大ろ過設備です。そこからまずは北にある第一浄水設備、次に第二浄水設備を通って、第一水質検査場で一度目の水質チェックが入ります。そこを通れば第三浄水設備で最後の浄水がされます」

「へえ……念入りだな」

「それはそうですよ、下水と一言に言ってもいろいろありますからね。で、私達が今いるのが南のこの空間、貯水槽エリアです」

「第三を通った後だから綺麗なんだな」

「ええ。ここの水は生活用水に再利用されるんですよ。そして、余剰分を河川に流す前にもう一度水質チェックが入ります。第二水質検査場を通ったら、ようやく西にある送水設備で地上へ上がっていくんですよ」

「なるほど……」

『……なんかよくわかんねえけど、すげえな!』

「……なんかよくわからないけど、すごいな!」


 シンクロするな。


 すんでのところで出かかった台詞を飲み込んだ。エナとアレク、似たような目をして職員を見つめる様子は子供のように純粋である。

 リィンとフィーナも興味深そうに説明を聞いていた。ここまで話す機会もないからか、職員の男性もどこか自慢げだ。

 ――髪をかき上げるのはくどいのでやめたほうがいい。セレは口を固く閉じたままそう思った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




《――<感波センシヴ>》



 カツン――――。

 通路の壁を打つ。分厚い壁を透過して、薄く広がった“知覚の波”が伝播する。


「ねえ、セレはさっきから何してるの? 壁に近寄ってはノックしてさ」

「土の中を見てる」

「土の中?」

「ああ。地中の魔力と物体を確認してる」

「あなたは、壁をノックしたらそれがわかるの?」

「これは物体の確認で、魔力は単純に感覚頼りだ」


 “<カルマ>による物質への干渉”は最も得意とするところだ。むしろ、セレの能力はそれにしていると言っていい。

 こと“生物の感知”に関してはもはや巨獣狩りとして染み付いた習性と言ってもいいかもしれない。それにした者でもない限り、そう易々と負ける気はしない。


 中央の巨大ろ過魔導設備内。

 職員の案内で、とりあえず設備を一から見て回ることになった。アレク――と、その近くで滞空するエナは、職員の設備案内を実に楽しそうに聞いている。


 わからなくもない。巨大ろ過設備に関わらず、この下水処理施設の設備は全て大型の魔導設備だ。普段見ることのないそれらがずらりと並び、各々の仕事を正確にこなしているさまは見ていて面白い。

 扱っているのは下水だが、巨大な工場見学をしているような気分だ。これが“仕事”でなければ、セレも興味を持って聞いていたかもしれない。


根啜蟲イビル・イータは地中にいるっていっても、こーんな地下にまで潜っちゃうの?」

「いや、普通はない。せいぜい人力で掘れる深さ程度らしいからな」

「なら、どうして地下ここでこんな確認を?」

「今まで聞いた話から考えるに、どうも根啜蟲イビル・イータは普通とは思えないからだ」

「んー……? 確かに大量発生は普通じゃないけど、それは女王がいるからじゃないの?」

「そうだな…………順を追って話した方がいいか」


 話しつつ、次へ向かう。二人はいまいちピンと来ていないようだが、今回の件は普通ではない可能性がある――異常が起きている。

 これまでにそれを感じさせる要素があったのだ。この、大量発生以外にも。


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