第18話 高鳴る鼓動

 「こんばんは。」

 金曜日、相馬育子そうまいくこは、いつものように仕事帰りに『悠愛ゆうあい』を訪ねた。

 「いらっしゃいませ!本日はVIP席にご案内します。拓斗たくと!」

 「はいっ!」

 拓斗の笑顔が、営業用なのか、本心からのものなのか、見分けがつかない。

 

 旅行以来である。旅行の時とは洋服が違うだけで、何一つ変わらない拓斗の笑顔があった。

 旅行の時には、旅行代金の出費はあったが、缶ビールは自分が買うから、などと言ってお金を出させないような場面もあった。

 今夜はホストクラブの客として拓斗と会話するので、ドンペリを頼んで欲しくて優しい眼差しを投げかけてくれているのだろう。


 「ドンペリ、頼んじゃうわね!」

 「ありがとうございます!ドンペリ、いただきました~!」

 「ありがとうございます!」

 手の空いている他のホストたちも、VIP席を取り囲んで一礼をした。

 

 「今夜も、うちに来てくれるよね。」

 開口一番、拓斗が口を育子の耳に近づけて耳打ちした。

 育子は拓斗との今後を熟慮じゅくりょした後だったので、少し眉間にシワが寄ってしまった。

 「まさか、来てくれないわけじゃないよね。」

 「いつものように、お店が終わったら遊びに行かせてもらうわよ!約束したじゃない。海外旅行の計画を立てるって。」

 中年の育子は、若いイケメンと、これ以上距離が縮むのが怖いのだった。


◇◇◇

 

 「シャンパンタワー、入りました‼」

 「ありがとうございます!」

 店内では真ん中あたりのテーブルと椅子が片付けられ、シャンパンタワーに上からシャンパンが注がれていた。

 「すごーい!キレイ!今日も凄いものを見ちゃったわ!」

 育子はホストクラブ内の狂乱に遭遇そうぐうすると、つい見てしまうのだった。

 「シャンパンタワーを入れたあのおばあちゃんは常連さんでね、旦那が財閥の家系らしいよ。」

 拓斗がシャンパンタワーを入れた初老の女性について説明した。

 シャンパンタワーは100万円らしい。

 初老の女性はスマホでシャンパンタワーの写真を撮った。

 「株で儲かってね。みんなにご馳走しようと思って来たの。後でインスタにアップしておくから。お店の宣伝にもなるでしょ?」

 「ありがとうございます‼」


 他のホストは、キャバ嬢を相手しているのが三人、後のホストたちはみな、シャンパンタワーの近くにいた。

 拓斗と育子は、まるで恋人同士のカップルのようになっていて、ホストクラブ内の他の空間とは別世界に居た。

 拓斗は、他のホストたちに背を向ける位置に座りなおした。

 「俺が、いくちゃんを独占してるみたいだな。」


 しかし育子は、初めて見たシャンパンタワーに釘付けになっていた。

 「いくちゃんは、シャンパンタワーなんて頼まなくていいんだからね。」

 拓斗は笑顔でそう言うと、育子の手を握ってきた。

 拓斗の手は、とても温かく、熱いほどであった。

 「ちょっと・・・お店の中だから・・・。」

 心臓が飛び出そうになるほどドキッとしたことを隠すために、育子は軽く拒否した。

 「あ、そ、そうだ、野菜スティック、頼もうかな。」

 「わかった。それだけでいいの?」

 「うん。なんだかお腹いっぱいで・・・。」

 「じゃ、頼んでくるね。」

 拓斗は、野菜スティックを注文するために席を外した。


◇◇◇


 閉店後、外に待たせている育子のところに笑顔で駆け寄り、大通りに出るとタクシーを拾って、二人は拓斗の自宅に向かった。

 拓斗は自宅に入って鍵を閉めると、強い力で育子を抱き締めてディープキスをしてきた。

 育子は気を失いそうになるが、度重なると徐々に慣れてもきた。

 抱き締められていて腕の自由が無かったので、火照ほてる顔を隠すことが出来ず、育子はキスの後、下を向くしかなかった。

 「俺たち、ラブラブだね。」

 拓斗は本当に嬉しそうだ。


 「どうぞ。」

 拓斗は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと育子に手渡した。

 「ありがとう。」

 育子はペットボトルを受け取った。

 拓斗がまた育子を炊き締めた。

 「ごめん、いくちゃん、今夜はもう、我慢できないから・・・。」

 拓斗は震えながら、ソファに育子を押し倒した。

 若いって、こういう感じなのね、と冷静に拓斗の衝動を受け止めていた。


 育子の旦那は、このようなことしたことは一度もなかった。

 衝動に任せて育子と一つになりたがることは、一度もなかった。

 愛情があるのかないのか、わからないけれど、生活共同体としての機能を果たす生き物、といった感じで、そこには目に見えない愛情のようなものは、実際にも無かったように思われた。


 「ご、ごめん、ベッドに行こうね。」

 拓斗は育子をお姫様抱っこしてベッドに運んだ。

 「乱暴で怖いよね?ごめんね。だけど、もう我慢できない。旅行の時だって、結局できなかったし・・・。」

 震える手で、自分のシャツのボタンをひとつずつ外しながら拓斗が言った。

 仲居さんが食事を持ってくるときなど、ノックもせずにいきなり引き戸を開けていたよね、と帰りの新幹線の中で言っていたことを育子は思い出した。

 「好きだよ。いくちゃん・・・。」

 声を震わせて言った拓斗は、ズボンのベルトを片手で外しながら、育子の頬にキスをしていた。

 震える手で育子の下半身を触り出したので、育子も下半身の着衣を全て脱いだ。

 すると、拓斗は避妊具をつけないまま、自身をそのまま入れてしまった。

 「ごめん!もう本当に我慢できないんだ!」

 育子は不思議と、拒否をしなかった。

 強引に入ってきた拓斗が、嬉しかった。


 「ふぅっ、・・・いくちゃん、ごめんね、・・・我慢できなかった。」

 我慢できない、と何度も言われるが、育子にはピンとこない。

 イケメンホストが、自分のような中年のおばさんを抱きたくて我慢できない、ということが、どういうことなのかがわからない。

 「・・・ホントに、物好きというか、何というか・・・拓斗は優しいね。」

  拓斗は、苦笑いしながら、育子の自己評価の低さを思った。

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