第11話 旅行の予定と朝ご飯

 結局二人は、土曜日東京発の、新潟県と石川県の一泊二日のツアーに決めた。

 「二日目は、加賀百万石かがひゃくまんごくの城下町ね!」

 「楽しみだなあ。いくちゃんと行く兼六園けんろくえん!」

 ツアー代金は二人で十六万円ぐらいだが、二十万円ぐらい予定しておいた方が良いだろう。育子は、旦那に連絡して借りることにした。


 「お腹すいた。朝ご飯作ってあげようか?」

 「あー、今日は本当に、飲み物しかないや。」

 「じゃあ、『リジョイ』に買い物に行きましょう。」

 「いくちゃん、何食べたい?」

 「そうね。少し暑いから、アイスと、そうめんかなんかにする?」

 「いいねえ。朝からりょうを楽しむ、か。」

 「拓斗たくと。無理しておじさんぶらなくていいの!」


 二人は仲良く、近所の『リジョイ』に買い物に行った。

 乾麺のそうめんとめんつゆ、夏野菜のキュウリと茄子なすとトマト、そしてバニラアイスを二つ買った。


 「俺、こういう、普通の家庭的な幸せっつーの?結構憧れてたんだ。だから、家庭料理的なこういう感じの食事メニュー、すごく幸せだなあって思うよ。」

 「そうなの。確かに、男の一人暮らしって、コンビニの総菜とかカップラーメンが主流になりそうよね。」

 「そうなんだよね。野菜はカップ野菜か、野菜ジュースで摂ってるだけだよ。」


 育子いくこは、茄子を半分に切って切り込みを入れ、煮浸にびたしの準備をしながら、別の鍋でそうめんを茹で、調理をしている間にキュウリとトマトを食べやすいように切った。

 「うわあ、早いなあ。」

 「主婦歴長いからね。あ、でももう何年も旦那と二人分なんて作ってないわよ。自分一人分の食事だけ作るようになって、長くなるわね。」


 そうめんが茹で上がり、氷水で急速に冷やし、ざるにあげると食べやすいように小分けに丸めて皿に置いた。茄子の煮浸しは一つの器に盛り付け、鰹節かつおぶしおどらせた。


◇◇◇


 「わー、豪勢な朝ご飯だ!いただきます!」

 こういう無邪気な拓斗は、本当に可愛いな、と育子は思った。


 旦那が子供を持てない体質なので、育子には子供がいない。拓斗はある意味、育子の母性本能も満たしてくれる存在なのであろう。


 拓斗は美味しそうに、トマトやキュウリを頬張り、そうめんを勢いよくすすっていた。

 「ネギと生姜しょうがも買って来ればよかったわね。薬味に。」

 「いいよ。めんつゆだけでも十分美味しいよ。」


 育子は茄子の煮浸しを味見してみた。まあまあ美味しかったので安心した。

 「茄子の料理なんて、久しぶりだなあ。」

 そう言いながら、美味しそうに食べる拓斗との朝食の時間は、育子にとってこの上なく幸せだ。旦那によって満たされなかった結婚生活の寂しさを、全て埋めてくれる拓斗とは、何があってもつながり続けていたい、と育子は思った。

 

◇◇◇


 「はぁ~、お腹いっぱいになったわ。」

 「美味しかった~。ご馳走様でした!」

 拓斗は胸の前で合掌がっしょうした。


 育子は、礼儀正しい拓斗は、実は育ちの良い子なのではないか、と思ったりもした。しかし育子は、拓斗の過去には関心が無かった。そういう想いではないのだ。今の拓斗が今の自分のそばに居ればそれだけでいい。拓斗が偽名であったとしても別に関係ない。拓斗の過去を聞くことは、今までもなかったし、これからもないだろう。


 育子は家に帰り、旦那に連絡をとった。旦那の電話は留守番電話になっていたので、二十万円貸して欲しい、自分の口座に振り込むよう、メッセージを残した。

 旦那が浮気を続けていることは、育子が公認であったが、育子が拓斗と付き合い始めたことを旦那は知らない。なので旦那は育子に頭が上がらないのだ。何故ならば、証拠はすでに育子に押さえられているし、離婚話になれば慰謝料を支払うのは旦那側だからである。

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