第9話 琥珀色

 翌週も、育子いくこは金曜の夜に『悠愛ゆうあい』を訪れた。

 「こんばんは。」

 「いらっしゃい!今夜も拓斗たくとをご指名ですね。拓斗!」

 チーフが拓斗を呼んだ。

 「は~い!」

 拓斗も機嫌がいいようで、明るく返事をした。


 「ハッピーバースデイ‼ゆうにゃん‼」

 他のテーブルで、ゆうにゃんと呼ばれた女性客の誕生日パーティーが行われているようだ。

 「飲んで!飲んで飲んで‼いい飲みっぷりっ!ゆうにゃんっ、お誕生日、おめでとうっ‼ヒュ~!ヒュ~!」

 若いイケメンたちの元気な盛り上げと、拍手と、ゆうにゃんのはなやかな笑顔で、店内は琥珀色こはくいろに明るくかがやいていた。


 「私は、育子という名前なので、いくちゃんと呼ばれていたわ。最近は仕事の付き合いしかないから、苗字の相馬そうまさんとしか呼ばれていないけど。」

 育子が、ゆうにゃんと呼ばれて嬉しそうに輝いている誕生日を迎えた若い女性を見ながらたそがれて言った。

 拓斗は、『誕生日=年を取る=もっとおばさんになる』という育子の心の図式を読み取った。

 「いくちゃん、かぁ。可愛いね。今夜からいくちゃんと呼んでもいい?」

 まだ若いのだから、とでも言いたげな優しさをみせた。

 「拓斗は本当に優しい。カッコいいし。一番いい!」

 「あははは、ありがとう!かんぱーい!」

 何に乾杯しているのかはわからないが、拓斗と育子は、それぞれの優しさを持ち寄って、温かい空間を造り出していた。

 

 その夜も閉店後、二人はタクシーで拓斗の家に直行した。

 育子は、拓斗と結ばれたいなどとは思っていない。現実逃避がしたいだけなので、真剣に付き合う気などない。

 しかし、拓斗はイケメンで優しいので、とにかく一緒にいると幸せな気分に浸れるのだった。真剣ではないが、いつまでも一緒に居たいと思ってしまう男ではあった。


◇◇◇


 どちらかというと、最近は拓斗の求め方が性急ではあった。今夜も玄関を開けて、鍵を閉めるや否や、激しくディープキスをしてきた。

 「う・・・ちょっと!」

 育子は両手で拓斗の頬を挟んで唇を引き離した。

 「なーんで?俺の事、嫌いになったの?」

 「嫌いなわけないじゃない!だけどいきなりこういうことされると、何だか怖くなって、ちょっとパニックになっちゃうよ・・・。」


 拓斗は育子の目をジーっと見つめてきた。

 育子はカッコ良過ぎてドキドキしてきてしまい、オドオドしている。

 「ん?どうしたの?顔が赤くなってるよ。可愛いね。オオカミさんは、もう我慢できないよ。今夜も、いいよね?」

 拓斗は、ゆうにゃんの誕生日パーティーのことを、育子がまだ引きずっているのではないか、と思って、酔ったふりをして気を使っているのだった。

 育子は、どういうつもりで、自分を若くて魅力的な女性のように扱っているのだろう、とやや不信感と違和感を覚えたが、拓斗とはたわむれたい。


 拓斗は冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出すと、ベッド脇のチェストに置いた。

 「水、飲む?」

 そう言って育子に手渡した。

 「ありがとう。いただきます。」

 ベッドに座っている拓斗も育子もキャップを開けて水を飲んだ。

 「ははっ、少し冷静にならないと、俺、嫌われちゃいそうだから・・・。」

 そういうと、拓斗は勢いよく水を飲んだ。

 「それはないわよ!ただ、ちょっとびっくりしただけ。」

 「あ~、だけど少し、飲み過ぎたのかな。ごめんね、びっくりさせちゃって。だけど最近、ホストクラブにいる時からさ、いくちゃんのこと、食べたくて食べたくてたまらなくなってきてるんだよ~。だんだん、我慢できなくなってきてさ。玄関のカギ閉めたら、もうゲートがパッカーンって開いちゃうんだ。許してね。」

 なんか変だ、と育子は違和感を覚えた。

 育子がチェストの方に手を伸ばしてミネラルウォーターを置くと、拓斗も急いでミネラルウォーターをチェストに置いて、育子をゆっくりと押し倒した。

 「いくちゃん、俺、どんどんいくちゃんにかれてく。」

 拓斗が突然このようなことを言い出すとドキッとしてしまう。

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