第2話 初めてのアフター

 「お姉さん、今日も相変わらず・・・綺麗きれいだね。」

 内心は、そんなこと、これっぽっちも思っていないのだが、『立て板に水』でこのような文言がスラスラと出てくるのがホストである。

 「拓斗たくとにそんなこと言われたら、私、とろけちゃう・・・。」

 「あのさ、・・・お店終わったら、二人で飲みなおさない?」

 拓斗が育子いくこに耳元で囁いた。

 「・・・え?今なんて言ったの?」

 「お店、終わったら、二人で、飲みなおさない?って言ったの!」

 「本当に?」

 育子は、夢見心地ゆめみごこちだった。


 まだしばらく営業はしているので、その間も育子は酒や食べ物を注文した。

もうすでに、今日一日で五十万円は支払ってしまったようだ。

 育子は、ホスト通いを始めてから多額の借金をしていたのだが、現実から逃れたくて、ホスト通いをやめることはできなかったし、拓斗の追っかけをやめることもできなかった。


 他のホストの事はどうでも良かった。拓斗だけが目当てなので、アフターに誘われたことは、心底嬉しかった。その夜のことがあるだけでも、生まれて来た甲斐かいがあった、と言えるほど、育子にとって、イケメンと恋人のように過ごす時間は有意義だった。

 可愛くてカッコいい拓斗と、夜の街を散歩するのかしら、と育子はデートの場所について思いをめぐらした。

 

 育子は、拓斗が別の女性客の相手をしていると嫉妬しっとしてしまうのだった。

 その間、別の新人ホストが育子のとなりに座っていたが、不愛想ぶあいそうで育子を持ち上げてはくれなかった。イケメンの新人は、育子におだてられるのを待っているようなタイプだったので、性格が合わず、酒も入っていたことから育子はイラついて、チーフにチェンジを申し出た。


 「拓斗はまだなの?!」

 チーフは、育子が苛立いらだっていることに気づいた。

 「拓斗ー!こっち。」

 拓斗は、若いキャバ嬢のような客を相手に、意気揚々いきようようと接客していた。

 チーフに呼ばれるまま、笑顔で育子の隣の席に戻った。


 「拓斗~、お店終わったら、本当にデートしてくれるの?」

 育子は、声を落として拓斗に耳打ちした。

 「どこ行きたい?」

 拓斗の顔が近い。

 すっかり、恋人同士のような会話になっている。

 「拓斗となら、何処でもいいわ。」

 「俺の部屋でも?」

 「・・・え⁉」

 「今日は俺の部屋でお姉さんと過ごしたかったから、朝から部屋を掃除してたんだ。綺麗で優しいお姉さんと過ごす空間と時間を夢見ながらね。」

 綺麗で優しい、と言われて、中年女性は夢見心地にさせられていた。

 「まさか、断ったりしないよねぇ。俺、お姉さんを招きたくて、必死に掃除機かけたんだから!」

 拓斗が真顔で、育子に懇願こんがんしてきた。

 目の前で起きている拓斗の言動は、現実のものなのか、夢なのか、わからなくなってきた。

 しかし、まだ店は営業中である。

 育子は酒と食べ物を追加注文した。


 店が終わった頃には、育子はベロベロに酔っぱらってしまった。

 「俺の部屋、来てくれるよね、お姉さん。」

 介抱しながら拓斗は、育子に呼びかけた。

 「う~ん・・・。」

 育子は、意識が朦朧もうろうとしていた。


 意識がしっかりとしていた酒の強い拓斗は、育子から金を引っ張れるだけ引っ張ろうとしていた。ホストクラブでナンバーワンに上り詰めるには、他のホストとは比較にならないほどの額の金を店に提供することだとわかったからである。指名の回数や、指名客の人数ではない。どれほどの金額を献上することができるのか、それだけが、大切なことだとわかったのだ。


 拓斗は、育子を自宅に招いたが、育子は意識が朦朧としてすぐに眠ってしまった。もちろん、手を出したりはしない。今はまだ、心理的距離を縮めるための軽い雑談をする段階である。


 自分のベッドに、育子だけを寝かせ、拓斗はソファに横になり、朝を迎えた。

 拓斗の方が先に起きた。育子は、まだベッドで眠っていた。

 (どうやってこのババアから金をむしり取ろうかな・・・)

 拓斗は、デートを重ねてからだと判断し、しばらくはこの中年と恋人感覚でデートをすることが必要だ、と結論付けた。デートでむしり取った分の10~20%を献上していけば、ナンバーワンホストになれるのではないか、と考えた。ナンバーワンホストになったあかつきには、ネットアイドルとなり、いずれはテレビに出演して、自分の存在価値を高め、人口に膾炙かいしゃすることが目的である。

 踏み台にしてやろう、このクソババアを。拓斗はそう考えていた。

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