はじまりは遊戯だった

冨平新

第1話 既婚女性の夜遊び

 セミロングの髪を後ろにたばねた相馬育子そうまいくこは、今日も化粧品のセールスレディとして営業していた。

 

 ピンポーン!


 「初めまして。ノーリス化粧品です。うわ~!奥様!とーってもお美しい!」


 営業先リストにっていたお宅の女性は、唐突とうとつめ言葉にやや当惑とうわくしたようだったが、このような調子で、育子は働いていた。

 

 育子の旦那は、勤めている会社の三十歳代の女性社員と不倫して、現在はその女性と同居していた。不倫相手の名前と住所と連絡先も、育子の知るところとなっていた。


 ある金曜の夜、育子は会社の友人と一緒に、ホストクラブ『悠愛ゆうあい』を訪ねた。

 そして、その夜を境に、とあるホストにはまってしまった。

 

 「今夜も相変わらずお美しいねえ、お姉さん!」

 「いや~だ~、お上手ね~。」

 四十四歳の育子は、美しいと形容される女性ではないが、ホストクラブでしゃくを受けている間は非現実にひたれるのだった。


 売上げを伸ばして、クラブ内の順位が上がった時の拓斗たくとの笑顔が見たかった。


 「飲んで飲んで飲んで!わーっ!い~い飲みっぷり!美しいっ!」

 育子はまんまと乗せられて、大金を巻き上げられていた。

 現実離れした快楽には、痛手が付きまとう。



 ある日、売上金を管理する男が、財布を無くした。

 現金は二十万円ほど入っていた。

 どこで無くしたかは定かではない。

 仕事の後に誘った女性と飲んだ時かもしれない。

 いや、支払いは自分がしたのだから、そのときではない。

 皆目かいもく見当がつかないが、財布が見当たらないことは事実だ。


 売上金を管理する男が、ナンバーワンホストを目指している拓斗に耳打ちした。

 売上金の入った財布をどこかで落としたらしいが、同じ金額を一括で手渡してくれたら、その日の売り上げの本数をごまかして、その日だけナンバーワンにしてやる、と約束した。


 拓斗は育子を待って、育子との距離を縮めようと目論もくろんでいたが、その日、育子は来なかった。

 次の金曜の夜、育子はいつものようにお洒落をして『悠愛ゆうあい』にやってきた。

 「拓斗、心から応援してる!」」

 「いつも指名してくれてありがとう!お姉さんのおかげで売り上げが上がって来たんだ。俺は、お姉さんの力で、のし上がっていきたいんだ!」

 その言葉が、育子の心を打った。


 「お姉さん、今日もドンペリ、入れちゃう?」

 拓斗が愛らしい笑顔で、育子の顔を下からのぞき込んだ。

 「ドンペリ、入れちゃう~!」

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