第四章 その② プリムラ姫とのダンスレッスン

「アヤト、私をメデューサ呼ばわりした罰だ」


 エニシダさんに連れていかれた先は、ワイルドローズ城の小ホール。

 そして、そこに立っていたのは、プリムラ姫だった。

 ただ、少し様子がおかしい……。

 下を向き、今にも湯気が出そうなほど真っ赤な顔面だった。


「今日から、お前には姫のダンスレッスンのパートナーとして練習を受けてもらう。光栄に思え」


 はっ? ダンス? 

 踊りなんて、マイムマイムとかオクラホマミキサーしか知らないって。

 ソーラン節も体育祭の時にやったぐらいで、もう全然覚えてない。


「あのー。これ何回目かわからないのですが、なんで毎回俺なの?」


「お前は……。ちょっと来い!」


 エニシダさんに連れられて、俺は小ホールの隅で事情を聴かされた。


「お前、姫様のサークルローズ城での一件は覚えているな?」


「ええ、現場に居ましたから」


「あれ以来、姫様はダンスに対して苦手意識を持たれたようなのだ」


「はぁ……」


「しかも、ファセリア王子から手の甲にキッスを受けてから、男に触ることも極度に緊張してしまう始末……」


「エニシダさん『キッス』って言い方、なかなか乙女ですね」


 ちゃかす俺の脳天に拳骨が落ちた。


「そこで、お前だ」


 『お前なら、姫様も面識があるから問題ない』とエニシダさんが言っていたが、俺は当て馬の気分だった。

 プリムラ姫にとって条件の良い結婚相手を見つけるためにも、平民の俺がダンスと男性に慣れるよう相手をする。

 まぁ良いか……。プリムラ姫の動きのある姿とか、アップの顔が見られるからな。


「じゃあ早速。姫さま」


「はっ、はいっ!」


 ビクッと反応する姫様に俺は一抹の不安がよぎるも、姫様の手を握った。


「あっ……」


 姫様は照れているのか、また下を向いてしまった。


「はい、姫様うつ向かない! 姿勢正しく!」


 エニシダコーチが後ろで声を張り上げ監視している。


「じゃあ姫様。やりましょうか?」


「はいっ……」


 姫様は恐る恐る俺の手を握った。


「はい。クイッククイックスロー」


 しかし、俺はダンスのステップを知らないので最初は悪戦苦闘だった。

 エニシダさんが横で手取り足取り実践してくれているのだが、なかなかに難しい。

 姫様の足を踏んだり、転んだりと全くいいところが無かった。

 姫様も俺に一向に顔を合わせようとしない。


「アヤト、お前のダンスレッスンじゃない!」


 うるせー。俺だって一生懸命やってんだ。


 数時間経ち、俺もステップを覚え始めると、プリムラ姫の癖や悪いところが何となくわかってきた。


 まずその一。プリムラ姫ステップのキレ良すぎ問題。

 これはゲルセミウム王子とのダンスを見ていたから予想はしていた。

 固い。直線的。反応早い。あなたはロボットですか?


 その二。男性と離れすぎ問題。

 まぁ、俺はこれを直すための当て馬だからな。

 今ここで姫を端正しておかないと、苦手を拗(こじ)らせて男嫌いになりかねん。


 その三。これがマズすぎる。プリムラ姫、壊滅的にリズム感が無い問題。

 ゲルセミウムと踊っていた時はアイツに振り回されて、ダンスとは言えなかったから露呈しなかっただけで、この人スキップも出来ないタイプだ。


「エニシダさん、ちょっと……」


 この責任の全ては駄メイドにあると確信した俺は、なぜこうなってしまったのか彼女を問い詰めた。


「何だ。言いたいことがあるのか?」


「何なんですかあれ。どういう教育したんですか?」


「ふっふっふっ。姫様のあの動き、まるで男を寄せ付けないだろ」


「おいっ」


「冗談だ。姫様とはいつも私がダンスパートナーを務めていたので、端(はた)から見るのはこれが初めてだが、ここまでとは……」


「過保護すぎるんですよアナタは」


「うっ、うるさい! それで、どうなんだ? 何とかなりそうか?」


「俺はドラ〇もんじゃないんですけど」


「なんだ? その猫みたいな人物は」


「いえ何でもないです。リズム感に関しては、厳しいものがありますね」


「そうなのだ。どこか力み過ぎているのだ」


「エニシダさん。いきなりダンスレッスンから始めるのは止めて、俺の言ったとおりにしてくれませんか?」


 そこからプリムラ姫との特訓が始まった。

 彼女はバイオリンなどの楽器を触ったことも弾いたことも無いという。


 だからまずは、リズムを知ることを覚えてもらう。

 これは宮廷音楽家に手伝ってもらって、管楽器で一定の間隔で音を出してもらい、耳で聞き、手拍子を叩きながら一つのリズムを叩き込む。


 次に、音を正しく最後まで聞き届ける。

 楽士にダンスのメロディを流してもらい、それをずっと聞き続ける。

 途中ダレるので、たまに鼻歌でメロディとセッションする。


 最後に、音楽に身を委ねて二人で回る。

 難しいステップは二の次。音楽に合わせて童心に帰り楽しく回り続ける。

 無理やり体を動かすのではなく、音に身を委ねることは楽しい。

 心から湧き出る「踊りたい」という気持ちに身を預けることが大事。

 練習に飽きないように、ゆったりしたリズムから時に激しいリズムへと変化させながら続ける。


 そして、この訓練で最も大事なポイント。それは二人で一緒にやることだ。

 一人では俺みたいにサボったり、姫様みたいに根詰めて練習の意図から外れたことをしようとする。

 お互いの監視の意味でも刺激する意味でも、練習を二人で正しく理解しながら続けることは非常に重要だ。


 この四点を愚直に守り、二週間が経った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る