0018 アイドル
お昼をいただいた十桜と莉菜は、腹ごなしにスライムとエンカウントした。
モンスターは一匹なので十桜は後ろにさがった。
その動きは、二人の間でパターン化されていた。
相手が三匹以上なら二人で戦い、二匹なら一匹をサクッと十桜が倒してあとは莉菜にゆずる。
作戦を立てずとも、二人のなかではそうなっていた。
しかし、そのスライムは……
「うわあッ――」
ボディシャンプーのモコモコの泡を引っ張るとそうなるように、体が分裂して二匹になった。かと思えば、
「まだっ……さんびきィッ!?」
莉菜がおどろきの声をあげる。
なんと、ソイツは三つに分裂したのだった。
大きさは、どれも最初のやつと変わらない。
十桜が前に出ようとすると、「あたしやります!」莉菜が声を張った。
同時に彼女は、分裂したばかりの一匹の前に突進していた。
ソイツを瓦割りのように一突き。
青い透明クッションみたいなソイツは、ビクッとなってへこむと、潰れていった。
瞬間、莉菜は跳びつく二匹目に、空いてる方の裏拳を叩き込んだ。
ソイツは吹き飛び、壁にベチョリと張りついて、水滴のように床に落ちて動かなくった。
(おお~、やっぱ壁やられってかっこいいなあ)
十桜が感心してるなか、莉菜は最後のやつをにらんだ。
ソイツは、数歩下がっていて、しきりにピョンピョン跳ねていた。
青白い片眼には、そいつの個体情報が透けて視えた。
・
・
・
『分裂増殖(少)』
『さびしがり』
『社交性あり』
『あきらめない』
「莉菜ちゃん!」十桜は、スコップを彼女に投げて渡した。
その時には、跳ねるスライムの後ろから、三つの影が急接近してきていた。
ソイツらは、迷わず莉菜に跳びかかった。
その牙を、一つはスコップの刃でガードして、もう二つはかわしていた。
かのようだったが、
「クッ……!」
攻撃は莉菜の二の腕に当たっていた。
ソイツらは三匹の【牙ネズミ】だった。
そして、魔物以外にもこっちに近づく反応があった。
冒険者が五人、直ぐ側まで来ていた。
そこから一人、パーティーから離れてダッシュで迫るヤツがいた。
ソイツの足音はもう聞こえていて、
「うおおおおおおぉぉぉ――――ッ!!」
雄叫びのような声も耳に飛びこんできたのだ。
莉菜は、三匹の連携に戸惑いながらも、かわして、いなして、牙ネズミに回し蹴りをくらわせていた。
その動作と同時にジャケットの裾にアニメーションするかのような星の柄が溢れて、スターダストしたのだ。
そして、彼女の脚は光り輝き、インパクトの瞬間も星がこぼれ落ちた。
蹴られた牙ネズミはサッカーボールのように壁にぶつかり、跳ねて、逆サイドの壁にぶつかり、落ちていった。
残る二匹は、「うおおりゃあああああ――ッ!!」十桜たちの後方からかけてきた巨漢に粉砕されていた。
「だ、大丈夫ですか――ッ!? あっ……莉菜、ちゃん……!!」
そいつは、莉菜を知っていた。しかし、
「……?」莉菜はそいつを知らないようだった。
つまり、そいつは莉菜の……
「……あっ、すみません! 自分、莉菜ちゃんのファンです! 冒険者やらせてもらっています、シゲタハルカと申します! ……一度だけ、莉菜ちゃんとイベントでお会いして、握手してもらいました……!」
そいつは、騎士鎧をまとった大男は、顔を真赤にしながら兜をつけた頭をかいていた。照れくさそうにうつむく様子は、真面目でピュアな印象を与えた。
「ぁ、ありがとうございます! シゲタさん、赤いバラの花束をくださった方ですよね?」
「そ、そうです! 重いに、田んぼの田で重田です! おお、おぼえていてくださったんですねッ!? 直接プレゼントをお渡ししたわけでもないのに! 自分、感激ですッ!!」
「うふふ、セカンド写真集のときですよね」莉菜は、条件反射のように満面の笑顔になっていた。それは、十桜の知らない莉菜だった。
だが、彼女は大男に近づいたかと思えば、
十桜に振り向いて、
『やっちまったぁ』
という顔をした。
その表情は、ファンの男からは見えない角度だ。
十桜は苦笑いした。
0018 アイドル
『人違い』だとしらを切ればいいものを、
職業病なのか、莉菜は神対応してしまったのだ。
「あ、あの……こんなところでなんなんですが、握手を……」
デレデレ顔で手を出した彼は、急にハッ! となり、
「……じゃなくてッ! なぜ莉菜ちゃんがダンジョンにいるんですかァ!?」
などとうろたえたのだ。
莉菜は、大男の方を向いてうつむき、
無言になってしまった。
十桜からは見えないが、どんな表情をしているかはわかる。
十桜は、大男の疑問を遮るうようにして「日向さん――」ひとまず莉菜に渡したスコップをかえしてもらうために手を出した。
振り向いた莉菜は、どうしましょう!?
という瞳を十桜に向けてスコップを手渡した。
(あ~……)
十桜は、なにか気の利いたことを言ってやりたかったのだが、先に巨漢が語りだしていた。
「自分は――」
地上でパーティーメンバーと待ち合わせしていたら、
莉菜らしき人を見かけたので、渋るパーティーを説得して追いかけてきたのだという。
そうしたら、本当に本物の莉菜だった。というわけだ。
(フードしててもファンにはわかるんだなぁ……)
「あぁ、男の子が女の子に守ってもらってるんですかあ?」
ぞろぞろと、パーティー残りの四人が歩いてきた。
その先頭の、白い鎧に身をつつんだ男が言った「男の子」ってのは十桜のことだろう。
おそらく、スキルなり魔法なりでこっちの状況を覗いていたのだろう。
「まあ、《シーカー》というレアクラスでも、レベル1じゃあしょうがないですよね」
白いアーマーに金飾りの男は、さわやかな顔立ちのわりに、えらく突っかかる言い方をしていた。
そいつの面持ち、雰囲気は、例えるなら、仕事はキッチリして残業はせず、週末は彼女とおでかけ。これ内緒だけど、昔から芸能事務所のスカウトは全部断ってました。みたいな顔をしていた。
「そうそう――!」
その白鎧男のななめちょい後ろにいる男が口を挟んできた。
例えるなら、同じ行列に並んでる前後の人はもうトモダチっしょ、みたいな雰囲気の軽装の男だ。
「――しょうがないよ~みんな最初はレベル1だから~といっても装備が個性的すぎるけど~! タカイシくんは三日でレベル10越えて現在レベル25! 全身レア装備が眩しいけどね~」
などと、そいつは十桜を下げて、白鎧の男を持ち上げた。
かと思えば、
「ねえ莉菜ちゃんっていうんでしょ? オレ、スナカワ。スナって呼んでよ~、莉菜ちゃんいつもどこで遊んでんの?」
そんな感じでナンパしはじめたのだ。
タカイシと呼ばれた白い鎧の男がリーダーで、
このチャラい男がタカイシの腰巾着だ。
十桜にはそう見えたのだが、そんなことよりも引っかかったことがある。
(……ちゃっとまて、《シーカー》って……)
タカイシは、十桜を見て《
十桜は自身のステータスを見た。
すると、クラスの表示、【剣士】のはずだったものが、
いつの間にか【シーカー】になっているではないか!
そう、莉菜にも言った通り、
彼女のクラスが【エンチャンター】から【エンチャンター(かわいい)】に変わったように、いつのまにかに十桜のクラスも、【剣士】から【シーカー】に変わっていたのだ。
十桜には、ステータス表示はずっと見えていたのだが、
その思い込みで、ず~~~っと自身のクラスを【剣士】だと誤認識していた。
(なんか、ややこしい状況で驚きの事実を知ってしまったぜ……)
(それはそうと、ここはとっととスルーしよう)
なので、十桜は、
『日向さん,そろそろ歯医者の予約の時間じゃないか? もういかなきゃだろ? 遅刻なんてしたら、先生に痛くされちゃうぞ』
そういって、さりげなく完璧なブラフをかまそうとした。
だが、そのセリフを言う前に――
タカイシは、莉菜と十桜に名刺を渡してきた。
そこには、
『 Scutum リーダー 高石 誠志 Seiji Takaishi 』
とあり、下にちいさく、
『 株式会社Takaishi 常務取締役 』
と表記されていた。
十桜は、冒険者の名刺を久々に見た。
ただ、金持ちそうな肩書きまでついているものは初めてだった。
「……莉菜ちゃん、はじめまして。俺、Scutum(スキュータム)というパーティーのリーダーをやっている高石誠志と申します」
「はじめまして、日向莉菜です」
「うちの重田が莉菜ちゃんの大ファンだそうで、お世話なっています」
「いえ! 私こそ、ファンの方にいつもお世話になっています!」
「出会ってすぐにこんなこと言うのは失礼かもしれませんが、よかったら、うちのパーティーに来ませんか?」
(あぁ~勧誘されてんのね)
――だったのだ。
================================
読了ありがとうございます。
気に入っていただけたら、
フォロー・応援・レビューしていただけると作者の励みになります!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます