0003 半殺しになろう計画
フロアに降りてすぐのことだった。
頭が時計回りに転がり、足元が崩れる。
目眩がはじまった。
身体は動いていないのに、魂をルーレットに刺されてグルグル回されているような感覚。
しかし、うるさい旧友は追ってきていなくてホッとした。
周囲を見渡しても、フードの彼女の姿は見えなかった。
青白い眼に視える範囲にも、彼女はいないように思える。
ソロらしき冒険者はいない。
仲間と合流したのかもしれないが、なんとなく、もっと遠くにいっているような気がしていた。
決して、(ボヨヨンとしたふくらみをまた見たいわけではない)そう、断じてそんなわけではないのだが、気にはなっていた。
(まあ、ひとはひとだしな)三つに分かれる道、自分はどちらに進めばいいか。
向かって左側の通路は冒険者の行き来が多い。
こちらは、条件を満たすことで地下二階に降りられる階段があり、やはり、条件を満たすと使用可能になる『エレベーター』と呼ばれる転送装置もあった。
おまけに、隠し部屋の出現率が高いとされているエリアに続く道でもあったのだ。つまり、大人気でドメジャーな通路なのだ。
真ん中はレベル1~5辺りの初心者推奨のコース。
強いモンスターやグループモンスターの出現率が低いので低レベルの者にはうってつけだ。まばらだが、ういういしい冒険者たちがおずおずと入っていく。
そして右側は、レベル6~10辺り推奨。
地下一階攻略を目指す冒険者の狩場になっている。しかし、皆、隠し部屋目当てに左側にいってしまうので不人気らしい。十桜がここに来てから右にいくパーティーは二組しかいなかった。
自分の行く道は決まった。
あとは、ある程度マップ情報が読み込まれるのを待つだけだ。
マップが更新されるのを見ているだけでも楽しいから、そこは苦ではない。
(ああ~すげえ~)
ちょっとした娯楽を享受する十桜に、近づく存在があった。
三人の冒険者だ。
「すみませ~ん、ちょっとお話いいですか?」
三人のうちの一人、センター分けの髪型をした剣士の男がきいてきた。
その後、
【戦斧の男】と戦い、勝利し、
宝石を取り忘れ、女子を気にしつつ……――
――今に至る。
床に座りこんで十分少々が経った。
気持ち悪さはだいぶ薄れてきた。
センター分け剣士率いるパーティーは、救援が来て無事脱出していった。
青白い眼に映る地下一階マップは、全体の四割近くが描かれていただろうか。 地下一階の面積は、10平方km程のとされている。
これは、浅草のある東京都台東区の10.11平方kmという区の面積に匹敵する広大さだった。
マップを俯瞰すると、巨大な迷路のなかを、冒険者とモンスターが行き来し、至るところで戦闘をしている様子が視えた。
その中でも異様な存在があった。
一言でいえば【ドス黒い】気配。
目眩から来るものとはあきらかに違う気持ち悪さがソレにはあった。
ソレの周囲数メートルは黒く霞んでいてダンジョンの壁以外何も視えない。
(なんだこりゃ……!?)
ドン引きした。
引いたのだが、渋々このまま進むことにした。
ひと気の少ない場所じゃないと『半殺しになろう計画』が成されないのだ。
意思疎通のない通りがかりの誰かに、ピンチを救われでもしたら、はじめからやり直しである。事前にパーティーを組んだ場合は、「俺に回復は不要」と伝えるつもりだった。
十桜は立ち上がった。
そして、壁伝いに歩きだした。
アニメ『喰いしんぼ』とハイパーカップ極バニラのために歩いた。
怪物が跋扈する薄闇を、病人同然の体調で不格好に進んだ。
複数いる魔物の気配を避けながら分かれ道を選ぶ。
単体でも、スライムみたいなやわらかなものは避ける。
爪や牙や剣を持つものがいい。派手に怪我ができるからだ。
でも小型じゃダメだ。傷が小さくなる。
人の体躯に近いものがいい。
そういうヤツラは入口付近にはなかなか現れないので、自然と奥へ奥へと進むことになる。
(……犬六匹とか、レア中のレアなんだろうな……というか、戦斧のヤツは……)
数十分歩いて、入り口から直線で三百メートルくらい進んだ。
ここらのエリアは、行き止まりも多いが、田んぼの田の字ようなループできる通路も多いので、魔物を避けるのは容易だった。しかし、なかなか理想の形に出逢えないまま、一時間以上が過ぎた。
(俺はなにしてんだろうなあ……)
いつも通りなら、今頃は、昼飯前なのにアイスを食いながらマンガ『ガァガァのブギーな探検』を読み返していたかもしれない。
足が重い。
目眩によるムカツキと焦燥感。
そんな状況でも、薄闇を前に進むというのは、マンガの主人公的ではないか? ロマンホラー的ではないか? アニメ『喰いしんぼ』禁鳥回の谷岡的ではないか?
壁に反射する眼の光を見て、自分を主人公みたいだと奮い立たせる。
そして、主題歌だ。
ここらで、遅れてきた主題歌が挿入歌として流れるのだ。
(……)
(…………)
(思いつかない……)
今は、出来合いのものに甘んじよう。
例えば、今はありとあらゆるものを失ってしまったけど、そのありとあらゆるものにキスしてちいさくさよならを言うんだ。
また戻ってくる時まで。
そういう歌だ。
(あ、これエンディングだった……まぁ、いっか……)
主題歌みたいなエンディング曲が頭のなかで流れ、『気分』がよくなり『テンション』が上がってゆくなか、やがて、床から生える一つの影にいきついた。
「グルルルルルルゥ――」
「ふぅ~……やっと逢えたな」
薄闇に二つ、赤くギンと光り、交差する瞳は、より青白く輝いた。
唸りながらこちらをうかがうソイツは、犬のモンスターだ。
ギルドには【魔犬】という名で登録されている。
さっき、なんとかロードというパーティーが戦っていたヤツだ。
姿は、核戦争後に生き残ったドーベルマン、といった感じだろうか。
頭の中にも、記憶ではなく、スキルによる『情報』として、名前や身体能力などのステータスが徐々に浮き彫りになっていた。
『炎に特に弱い』
『雷に弱い』
『毒に弱い』
・
『お肉大好き』
『屍肉も好き』
『のんびりしたい』
などと提示されても、魔法なんて贅沢品はないし、自身の肉体もあげたくない。
(のんびりしたい……!?)
そこは妙に共感できた。
しかし、相手はモンスターだ。
凶暴な爪と牙を持っていて、一対一という、『計画』遂行の条件にピッタリのヤツなのだ。
戦ってもらう。
(いや……)
(どうだろ……)
(こいつは、いいか……)
などと考えていると、魔犬はこちらに向かって駆け出していた。
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