慆蟲花操
M.S.
慆蟲花操
入学式から
中学一年生にしては大きな一七〇センチを超えるすらりとした
それは一目惚れというよりかは
そんな事はともかく。
問題は姉の
私と世深姉さんは
一卵性双生児の双子。
姉妹。
遺伝子が
そして遂に、ある日家で言われてしまったのである。
「
世深姉さんは母さん
同じ遺伝子を持って居ても、幼少期の過ごし方のツケで私は世深姉さんとは対極の性格になってしまった。
「ど、どうして......?」
「決まっているでしょう。万が一にも有り得ない事だとは思うけれど、もし私からあなたに叢雲君が目移りしたら、困るじゃない」
「っ......」
「ひょっとして、あなたも叢雲君の事を気に掛けているんじゃないでしょうね」
「べ、別に......」
「まぁ、何でも良いけど、あなたは学校で叢雲君の前に姿を見せない事。その内私の部屋にも上がってもらうけれど、あなたは自分の部屋に
「う、うん......」
「
世深姉さんの名誉の
私が小学生の頃に
そしてその抜かり無さは恋愛に関してもそうだったという事だろう。
恐らく叢雲君との出逢いからそれ以降を、完璧に
仮に叢雲君が、何かの
今まで勉強、運動、学校での人間関係で成功を続けた世深姉さんが、
中学に上がってから、叢雲君を遠目で
叢雲君を遠い所から視界に入れるだけなら、世深姉さんとの約束を
と言っても私と、世深姉さんと叢雲君のクラスは間に教室を二つ挟んで離れている。余程の事がない限り目に入れる事も出来ない。
全校集会などの移動の際に見掛ける事もあるが、叢雲君の横にはしっかり世深姉さんが付いている。それは世深姉さんが叢雲君の目を他へ向けさせないよう監視しているように見えた。
どうやら徹底的に叢雲君との可能性がある女子を遠ざけるような、
今の時期、男子の体育はグラウンドで行われていて、叢雲君のクラスも体力測定をしているようだった。種目は一五〇〇メートルの持久走らしく、嫌々、渋々といった男子の顔が並ぶ中、やはり叢雲君だけは尖った氷のような顔をして
途中、私は意外なものを見た。
叢雲君の一周遅れで走っていた男子生徒が、接触は無かったものの叢雲君に追い越されたあたりで転んでしまい。
それに気付いた叢雲君は────何と脚を止めた。
タイム計測の途中であるにも関わらず。
次に叢雲君は転んでしまった男子生徒に近付き
叢雲君は先生に何か言い、足を挫いた男子生徒を助けながら────恐らくは保健室だろう、その場を後にした。
普通に考えれば、一五〇〇メートル走(女子は一〇〇〇メートルだが、同じ事だ)を中断して他の生徒の手助けをするなんて、とても考えられない。
要するに叢雲君の中では体力測定より、怪我をしたクラスメイトを一刻も早く保健室に運ぶのが先決と考えたか、あの程度の一五〇〇メートル走の再測定の手間くらいは造作も無いと考えているのだろう。
どちらにせよ、好きになってしまう理由が一つ、増えるだけだ。
────そして、私は転んだ男子を見た切っ掛けに、ちょっとした
この日も、叢雲君のクラスでは前回に引き続きグラウンドで体力測定が行われる予定だ。叢雲君のクラスが体育であると言う事は、世深姉さんも体育であるのだが、男子と女子は別れて行い、女子は体育館で他の科目をやるという事は確認済みだ。
叢雲君の教室からグラウンドに向かう通路と、体育館に向かう通路は異なっている。グラウンドに向かう通路で待ち伏せしていれば、私は叢雲君と
やるなら、この時間程の好条件は無いだろう。
私はグラウンドに向かって降りる階段、その途中の踊り場で待つ事にした。
叢雲君は、あまり他の男子とは
そして、聴こえる足音は一つ。
足音の主を確信した私は、その足が段差を降り始めるのと同時くらいに。
────踊り場から下の階段に向かって転んだ。転んで見せた。
「......世深?」
待ち望んでいた叢雲君の顔が私の顔を覗き込んだ。呼び掛けが姉さんの名前なのが少々残念だが、
さて、ここからが肝心である。
高鳴る
この場面で世深姉さんが口にしそうな言葉を、世深姉さんのような
「ああ、叢雲君。
「分かった。......でも、どうしてここに? 女子は体育館じゃないのか?」
「体調がちょっと悪くなってきたから、体育に出るのは止めて、保健室に行く途中だったの。その途中で足を挫いてちゃ、世話ないけれどね」
「そうか。......とにかく、肩を貸すよ」
すると叢雲君は私に右の肩を差し出した。一瞬その肩に自分の腕を回すのを
少しの
保健室に向かう途中の廊下、私は上唇を巻き込んで頬が赤くなるのを何とか我慢する他なかった。
肩を借りている関係で、どうしてもお互い、
自分の心臓の拍動が肋を通して叢雲君に伝わっているかもしれない。世深姉さんであれば、これしきの事で心拍数を上げたりはしないだろう。
叢雲君の顔を
保健室の扉をノックすると養護教諭は不在だった。
「ベッドの所まで、お願いして良い?」
「ああ」
ベッドの端に腰掛けると、私は実際には何ともなっていない右足をぶらつかせて調子を見るようにした。
「大丈夫そうか?」
「......大丈夫。そんなに酷くないみたい」
「なら、良かった......。あとは良いか?」
「うん、ありがとう」
「......それにしても、世深でも、転ぶ事があるんだな」
「えっ」
それは予想の外からの言葉だったため、私は
────
けれど叢雲君は私の間の抜けた声に、ははは、と
世深姉さんは、中学に上がってバレーボール部に入部した。理由は単純、叢雲君がバレーボール部に入部するから。男子と女子でコートを分けるにしても、活動場所は体育館だから、顔を合わせる頻度も多くなる。
帰り際、体育館を覗くと、男子の方はスパイクの練習をしていた。
セッターの係の人がトスを何度も上げ、並んでいるスパイカーが
それに
遠目では分からないが、何か言葉と────笑顔を交わしている。
────不意に、頭が熱くなった。
意中の人を見て気恥ずかしくなるような前向きなものではない。
痛み、
あそこでボールを渡しているのが
世深姉さんは、母さんのお腹から私より先に出ただけ。順番が違うだけ。見た目は同じなのだから、あそこに居るのが私でも良い
世深姉さんは、叢雲君と
────もし、私が叢雲君と同じクラスだったら。
そんな
全く、こんな事なら同じ顔を持って生まれずに普通の姉妹として生まれれば、
この世は、姉さんに対して情が深い。
もし名前が原因でこの状況が作り出されたというなら、今すぐに〝
「
世深姉さんが部活を終えて帰宅し、私の自室の扉を叩いた。
「今日叢雲君に〝足は大丈夫だったか〟って訊かれたんだけれど」
こちらを睨む世深姉さんの瞳が〝説明をしろ〟と視線の槍を放っている。こうなる事は予想していたし、言い訳も考えてある。
「ごめんなさい。偶々叢雲君と鉢合わせしちゃって、
「妹だって言わないだけ良かったけれど......、それでも叢雲君には階段で転ぶ
「......うん」
勢い良く扉を閉められ、けたたましい音が鳴る。何にそんなにむきになっているのかと、世深姉さんに背を向けるようにして座っていた椅子を机に向けなおすと、机の上に乗っていた手鏡に私の顔が映った。
鏡の中の私は口角を上げ、挑戦的に、挑発的に、冷たい微笑をしていた。
どうやら性格は対極という訳では無く、お互い違う方向性で
中間考査が近づき、試験週間になると、世深姉さんが叢雲君を〝一緒に勉強する〟という名目で家の自室に連れ込むようになった。
家の二階、北側が私、南側が世深姉さんの部屋で隣り合わせとなっている。
私は今日、部屋を
家の電話が計算通りに鳴り、応対しようと世深姉さんが部屋を出る。
恐らくは学校に再登校した
────朝の登校前に、私が世深姉さんの家庭訪問日時連絡票を、白紙のものに取りかえたせいで。
連絡票の提出期日は今日まで。この日までに連絡票を記入して出していない生徒は強制的に再登校となる。
今現在、この家には私と叢雲君の二人しか居ない。両親は仕事で
全て、計算通り。
南側の部屋の扉を開けると、課題に向き合っていた叢雲君は顔を上げて私の顔を見た。
「......随分早かったね」
「忘れ物をしちゃってね」
「家庭訪問の紙か?」
「行ってらっしゃいの、キス」
叢雲君の問いに間髪入れずに、私は答える。
それを聞いた叢雲君は、目を見開いて真意を探るように私の顔を見つめた。
「......世深でも、面白い冗談を言う事があるんだな」
目を
────遂に問答無用で叢雲君の唇を奪い、私は、迫った。
「......感想を、訊きたいな」
「────今日は、柔らかい感じがする」
それが私の雰囲気の事を言っているのか、唇の事を言っているのかまでは、訊かない事にした。
慆蟲花操 M.S. @MS018492
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