第58話

「嬢ちゃん、俺のことを監視しに来たんじゃねえだろうな?」

「そんなことしませんよ!?」

 軍令部の人事担当者のオフィスを前にして、碧とおじさんは互いに疑心暗鬼になっていた。どうやら2人とも、そうなるだけのバックボーンを抱えているらしい。

「軍の奴らなんて何考えているか分かったもんじゃねえ」

「そ、それは…いえ、そんなことないですよ!?」

 自分も軍人の仲間入りをしているというのにとんでもないことを言い出すおじさん相手に碧も、自身の言動が心配になって来た。

「と、とにかくおじさん!私がおじさんと軌道エレベーターで乗り合わせたことは内密にお願いします!」

「そうだな、それが良い。俺たちはここで初めて会った。それで良いな?」

「あー…君たち」

 横合いから声をかけられた。そこには中佐の階級章を帯びた士官が人の好さそうな顔を困り顔にして立っていた。

「あっ…」

「えーと、この人は何だ?嬢ちゃん!?」

 おじさんはまだ階級章の一覧表が頭に入っていないらしい。明らかにこの人は自分たちが尋ねている部屋の主…

「ロンベル少尉、小官がその先の部屋を執務室にしている人事課長のエルトール中佐だ。まあ、なんだ…立ち話もなんだから、入室したまえ」

「は…ハッ!」

「うえぇっ!?」

 面食らった2人は転がるようにして部屋に入り込んだ。そして、促されるままに応接机を挟むようにして置かれたソファに収まる。

「さて、2人とも良く来てくれた」

「は、はひ…」

「お、俺はまだ何も!」

 2人とも、この中佐に知られては困る事実を隠したい。しかし、それは既に知られているだろう。エルトールは未だに眉を困ったようにへの字にしている。

「うーむ、話してしまったか」

「う…はい」

「で、でもまだ何もかもってわけじゃないし…!」

 碧もおじさん…ロンベル少尉も軍機の一端に触れることを他人に話したことを認めざるを得なかった。いきなり何か処罰が…?

「まあ、2人とも運が良かったな?」

「はい?」

 風向きが変わって来たような気がする。少なくとも、公的な処罰を受けないで済むような雰囲気になって来たように、碧は感じている。彼女も伊達に予科練学校の修了者ではない。しかし、そうではないらしいロンベルは錯乱していた。

「何も!何も言ってねえ!なあ!嬢ちゃんそうだろ!?」

「少尉、まあ落ち着け」

「頼む、見逃してくれよ!」

「おじさん…じゃなくて少尉!大丈夫です!私たちは大丈夫ですよ!」

 碧は隣のロンベルの肩を掴んで、なだめにかかった。

「嘘言うな!規則規則の軍隊が許してくれるもんか!」

「許してくれます!ね?中佐!」

「ああ、君たちの内々で処理したのなら大丈夫だ」

「へぇ?」

 気の抜けたように、ロンベルが固まった。

「私たちは同じ部隊に配属されるのでありますか?」

 ロンベルが黙ったことだし、碧は話を前に進めようとエルトールに尋ねた。

「ウム、最重要軍事機密に指定された秘密部隊にな。その話に進んでも良いかな、少尉?」

「は、はあ…」

 安堵したロンベルは先程までの取り乱しようが恥ずかしくなったらしく、顔を真っ赤にしている。

「少尉、三飛曹。君たちにはある共通点がある。それが何だか分かるかね?」

「共通点…出身地ですか?」

 ロンベルの訛りはハデスシティの隣町であるシェルタードーム、ベルゲドルフ市地方のものだった。それは碧と同じ出身であることを意味する。

「少尉は元はノイヴィートの出身だから、それは無いな」

 エルトールによると、ロンベルの出身地はベルゲドルフからはハデスシティを挟んで反対側にあるシェルタードームである。

「同じ訛りで話しているから同じ部隊に?」

「ウム、訛りは関係ない。いい加減にそこから離れなさい」

 エルトールはきっぱり否定して、話を核心に進める。

「君たちがベルゲドルフに住んでいたことが関係しているのかは分からないが、君たちはそこである財団のテストを受けている」

「テスト…財団?」

「あ、あのうさん臭い奴ら!」

 碧の記憶は彼方に行ってしまったようだが、ロンベルはしっかりと覚えていた。

「あいつら、軍のお抱えだったのか!?」

「あいつら?」

 碧は首を捻る。

「ウム…能力開発機構は今でこそ科学庁所管だが、元は軍事省の直轄でね。まあ、そういうことはいくらでもあるよ」

「能力開発機構…あっ!」

 碧も思い出していた。あの非番の日、ショッピングモールで出くわした団体を。

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