第56話

「敵艦2隻、白旗と降伏信号受信を確認!」

「旗艦はどうなっている!?」

「動きはありません!」

 冥王星軍後衛部隊指揮官のオリガ・カールスルーエ中将はあくまでも3隻での降伏を求め、砲撃の手を緩めなかったが…

「3隻が散開します!」

 その言葉と共に、遠くで何かが光った。

「ボルガル、爆沈!」

「やられた!」

 丁寧に降伏勧告とその受諾を待ったのが仇になったらしい。まんまと敵の重要機密ごと沈められてしまったのだ。後に残るのは解析不可能な残骸のみだろう。

「何をされたかわかる、それが重要だというのに!」

 敵の残余艦隊は殿の奮戦の間に逃げ去り、原因不明のセンサー不調は原因不明のまま。

「最悪ね・・・」

 カールスルーエは専用席に深く沈み込みながら、陸戦隊に制圧命令を出した。


「全艦隊、シュレポフ同志に」

 どうにか逃げ切ったジトーミル中将は艦隊付き軍事コミッサールが重要軍事機密を駆使して数倍の敵と渡り合い、殿を務め上げた後に機密を守るために爆散したという事実を残った全艦隊に伝えた。そして、故人を悼んだ。

≪なるほど、艦船のセンサー類を暗黒物質で狂わせる…か。シュレポフ同志はやはり面白い≫

 通信相手はジトーミルの上司に当たる宇宙軍総司令官である。党内での序列も高い相手に、敗退の報告とそれを帳消しにするような新技術の報告を熱心に行った。

「総司令官同志、あなたはコミッサール同志が何か仕組んでいるのを知っていらしたのでは?」

≪うん?まあ…何かをしていたのは知っていたよ。まさか、軍事的に有用な新兵器の開発だとは思っていなかったがね≫

「では、あなたは」

 シュレポフが死を選ぶのも知っていて送り出したのか…ジトーミルの目はそう語っていた。

≪彼は死に場所を欲していた。研究も予算不足で、与えられたポストは研究職ではない。…人生に飽いていたのだろう≫

「ですが、だからと言って!」

≪中将≫

 宇宙軍総司令官…クニャーゼフ元帥は噛んで含ませるように語った。

≪老兵は語らず、ただ去るのみ…人生の最後に、その命を賭して暗黒物質に光を当てたのだ。同志は老いた自分の命を上手く使ったと、私はそう思うよ≫

「同志も華々しい戦死を遂げたいと思っておいでなのですか?」

≪もちろんだとも。でなければ軍人などになるものか?≫

 その目は澄んでいて、とても嘘には見えない。

「宇宙軍総司令官が戦場に出ることはあり得ませんよ」

≪今の前線の惨敗具合を見ていると、近くに感じるがなあ?≫

「ぐっ…」

 痛いところを突いてくる。今回も成果こそ上げたが、国境線が元に戻ったわけでもない。

≪ナボコフのお嬢さんは3倍の地球軍相手に大勝した。次は彼女が水星への反攻部隊を率いることになったよ≫

「そうですか…」

 赫々たる武勲を挙げ続ける、届かない背中だ。

≪君はしばらく前線を離れてもらう。暗黒物質の戦術研究の責任者になってもらうよ≫

「はっ…」

 失敗を犯した自分が処罰もされずにシュレポフの遺した仕事を引き継げる。かつての監視役に感謝と罪悪感を感じ、彼は生きていくのだろう。

≪辛いと思うだろうが、今は耐えろ。反撃する環境は自分で整えろ。いつか表舞台に立たせてやろうぞ≫

「ハッ…」

 態勢を整えた艦隊はワープを開始した。


「えっ、転属…ですか?」

「ウム、転属先は軍機指定されており、軍事省に出向いてもらうことになる」

「ぐ、軍機…!?」

 艦長室に呼び出された碧は転属も覚悟はしていた。しかし、重要軍事機密に指定されるような秘密の部隊に異動なんて…

「良いかね、この艦の者にも、親兄弟にも異動することすら言ってはいけない。まあ、悟られることはあるだろうが、君が吹聴したと判定されれば銃殺刑もあり得るぞ」

「ひえっ…」

 脅されて出て行ったシラカワ三等飛行兵曹の背中を見て、控えていた副長が漏らした。

「彼女は置いて行って下さると期待していたのですが」

「悪いな。上層部の決定だから逆らえんよ」

「軍機とは、穏やかではないですな」

「そうだな…」

 彼らにとって碧は娘にも近い歳の部下である。その行く末が心配でならない。

「彼女は飛べる貴重な航空兵だ。悪いようにはならんだろう」

 この語、碧が進んでいく先を知っている者は皆無であった。

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