集中できない

エリー.ファー

集中できない

 集中力はさほど重要ではない。

 正確には、集中力を必要としない生き方をすればいいということだ。

 誰かの助けを借りるのもいい。問題さえ解決してしまえばこちらのものだ。

 しかし。

 おそらく、この物語は。

 自分一人での解決。

 集中力ではない別の武器の開発。

 これにつきると思う。

 往々にして、人は、この集中という麻薬に虜になってきた。実際、いつもだったら解けないような問題が、集中によってほどけたりするのである。手を伸ばしたくなる気持ちは分かる。依存したくなる気持ちも分かる。

 集中なしでは生きられない。

 最終的に集中すればどうにかなる。

 集中が大切だから、集中を磨こう。

 そうだ、集中的にやればどうにかなるのではないか。

 人間は、いつもそうだ。

 直近の成功体験と、最も手っ取り早い方法に、自分の人生の方向を決めさせてしまう。

 それが正しいか、正しくないか。

 この部分はまず置いておくとしよう。

 私たちは、一つのものができるよりも、二つのものができたほうがいいし、三つのものができたほうがいい。

 拳銃しか使えない殺し屋は、弾がなくなったり、拳銃が壊れてしまったらてんど使いものにならない一般人になり下がる。剣しか使えない殺し屋は、剣が折れてしまったら、剣を失くしてしまったら、その時点で仕事ができない。矢を使う殺し屋は、矢を奪われたらでくの坊だ。

 だったら、拳銃を使うことができて、剣を使うことができて、矢を使うことができる殺し屋のほうが良い。

 一つしかできないよりも、幾つかできたほうがいいし、それなら全部できたほうが良い。

 私たちは、集中なしでも、どうにかできる術を手に入れるべきなのである。

 ただし。

 この議論や、思考、探求にも、私たちは集中を利用してしまっている。まぁ、屁理屈であるし、言葉遊びの域をでることはないので今回は無視をすることとしよう。

 分かりやすくしよう。

 とても集中した時に生まれる成果。

 ここに、大して集中していなくても、僅かばかりの集中力でもたどり着ける。

 このあたりが妥当な目標地点ではないだろうか。

 まず、ここにしよう。

 さて、そうした場合、私たちには分析というものが必要になる。求める成果に、一体どのような要素が詰め込まれているかということである。これはあくまで成果であって、その成果への経緯ではないことを理解しておきたい。

 満足できる成果物がABCであったことを記録した上で、今度は意識して僅かな集中力で目標に向かう。すると、その結果がABECであったとする。

 明確に分かることは二つである。

 Eが余計であること。そして、Cの位置が違う。

 ということで、次からは。

 Eを入れないことと、Cの位置だけを気にする。

 以上だ。

 ABECの結果が出た時のような僅かな集中力よりも意識をする分、もう少し集中してしまうかもしれないが、それでも過剰な集中をする必要はなくなる。

 重要なのは、不必要な力み、つまりは集中だが、それを避けることにある。


「博士」

「何か」

「それが難しいのではありませんか」

「どこが」

「ですから、このすべてです。この理屈を理解している人はいますが、実行に移せないことで悩んでいると思われます」

「実行に移せないことを理屈として定義するのかね」

「大抵の人は、そうではないでしょうか」

「できないことを思い浮かべることが既に無駄に集中していることなんだがな。そうか、集中しない、ということができないのか」

「おそらく、そうですね」

「次は、その話をしよう」

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