弾ちゃーく、今!

……………………


 ──弾ちゃーく、今!



 第602飛竜騎兵師団師団長は東部航空軍団司令官タイラーから質問攻めにあっていた。どうして、無敵であるはずの飛竜騎兵師団が一瞬で1個大隊もの損害を出したのか。


 これは責任の追及でもあったし、純粋な原因解明でもあった。


 ドラゴニア帝国では無思慮に司令官を更迭することは滅多にない。だが、1個師団6個大隊の飛竜騎兵師団が15分程度の戦闘で相手にまるで抵抗できず、1個大隊を失うなどあってはならないことだ。


 問題はそれが師団長あるはその指揮下の指揮官の怠慢か、それとも作戦そのものに不備があったのか、だ。作戦そのものに不備がある場合、責任を取るのは作戦立案に関わったタイラーとなる。


「わ、分からないのです。兵士たちは『自分たちの数十倍は速い敵の鉄竜に襲われた』とか『すれ違ったと思ったら味方が撃墜されていた』とか。今は混乱状態でまともに情報が聴取できません」


「分からない、か。ムリース・ツー・コリーニ中将が作戦中止を叫んだはずだ。我々は未知の敵を相手にしている。地上からの攻撃は魔術かもしれない。スターライン王国は魔術の開発に力を入れてきたと聞く。だが、敵の航空戦力とは、鉄の竜とは魔術では説明できない」


 ムリースが出撃を回避するためにあらゆる方法を使ったことをタイラーは知っていた。彼はそれを怠慢と思いつつも、先に戦った彼には彼なりの考えがあるのだろうと見逃していた。そして、それは的中した。


 未知の敵の存在。確認された数すら不明。あるものは6体といいあるものは30体以上という。まるで証言に整合性が取れない。


「君の責任は問わない。私の責任だ。作戦を強行するべきではなかった。今後は夜間攻撃に力を入れ、敵に心理戦を強いることを──」


 そこで爆発音が響いた。


「何事だ!?」


「て、敵の航空戦力です! ワイバーンの厩舎が被弾! 損害多数!」


「なんだと!?」


 敵の正体も分からないうちから敵は先手を打ってきた。


「ワイバーンの厩舎、さらに被弾! こ、このままでは全滅です!」


「急いで空に上げろ! 空中退避!」


 第602飛竜騎兵師団師団長は顔真っ青にして報告を聞くばかりで、指揮系統を逸脱してタイラーが指示を出さざるを得ない状況になっていた。


 爆装したMiG-29戦闘機はKAB-500L誘導爆弾で事前のバイラクタルTB2無人偵察機による情報で得られた敵の航空基地──第602飛竜騎兵師団陣地に向けて攻撃を行った。


 第602飛竜騎兵師団のワイバーン厩舎は爆撃によって大損害を受け、空に上がろうとしたものもMiG-29戦闘機の機関砲によって撃墜された。


『大雨、大雨、大雨。奇襲成功。アーチャー・リードよりコントロール。敵のトカゲを纏めて吹き飛ばした』


『こちらコトンロール、了解。帰還せよ』


『アーチャー・リード、了解』


 この爆撃によって第602飛竜騎兵師団は3個大隊分の損害を受けた。それもトリャスィーロたちはワイバーンの厩舎を爆撃するだけではなく、兵舎もおまけで爆撃していった。それがドラゴニア帝国陸軍にとっては痛かった。


 飛竜騎兵となるには恐ろしく過酷な訓練と長い教育期間が必要になる。歩兵と違って徴募してすぐに投入というわけにはいかない。それが1個中隊分失われたのだ。


 これ以上の損害を恐れたタイラーは飛竜騎兵部隊の後方への退避を命令。


 飛竜騎兵は後方へと退避していく。第602飛竜騎兵師団はもちろん、第601飛竜騎兵師団も大慌ててで後方に下がる。


 そして、ドラゴニア帝国の防空網に一時的だが穴が開いた。


 退避中の部隊は戦闘哨戒飛行すらできない。


 そして、何よりドラゴニア帝国にはレーダーの存在がない。


 これまで管制や誘導は全て目視と発煙矢で行われてきた。


 そこに登場するのがバイラクタルTB2無人偵察機だ。正確には爆装も可能なため無人攻撃機だが、今のところトリャスィーロはこれを爆撃機として使うつもりはなかった。


 バイラクタルTB2無人偵察機は2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際に活躍し、黒海艦隊旗艦スラヴァ級ミサイル巡洋艦モスクワを撃沈するのにも活躍した、とウクライナ側は発表している。


 そのウクライナとなじみ深い無人偵察機が目指した目標は敵の大規模魔術攻撃陣地。


 その上空を、防空網に穴が開いているとは知らない第10師団の第111魔術連隊の大規模魔術攻撃陣地上空を、無人偵察機が飛行する。


 それを攻撃するのはMiG-29戦闘機ではない。


 砲兵だ。


『こちらムーンベース。弾着観測を開始する』


 無人偵察機のオペレーターからの通信が入る。


「初弾、発射!」


 D-20 152ミリ榴弾砲が火を噴く。


 砲兵の装備として配備されたのはいずれも1950年代に開発されたD-20 152ミリ榴弾砲、D-30 122ミリ榴弾砲、M-46 130ミリ榴弾砲である。


 それぞれが1個中隊分装備され、今は152ミリ榴弾砲が砲撃を行っていた。


 152ミリ榴弾砲の射程は通常弾では17キロ、ロケットアシスト弾で24キロ。


 敵陣地まで14キロの地点に設置された砲兵陣地からならばどちらでも完全に第10歩兵師団の陣地を射程に収められる。


 そして、弾着。


『こちらムーンベース。修正射──』


 これは以前ドラゴニア帝国陸軍が行った弾着観測射撃と同じだ。飛竜騎兵の代わりに無人偵察機が使用されているだけの違いだ。


『こちらムーンベース。効力射要請』


「了解」


 目標に適した瞬間で爆発するように信管を調整し、ソーコルイ・タクティカルの砲兵たちが152ミリ榴弾砲を操る。これもまた2022年の戦争であったことだ。


 敵の大規模魔術攻撃陣地に砲弾の雨が降り注ぐ。


 陣地からの攻撃で反撃しようとしていた魔術兵たちが吹き飛び、魔法陣に流れていた魔力が暴走し大爆発を起こす。きのこ雲が立ち上り、衝撃波が駆け抜けた。


「たまやー!」


「盛大にやったな」


 鮫浦たちは後方の砲兵陣地からきのこ雲が立ち上るのを見ていた。


 航空支援が一部のガンシップなどを除けば瞬発的なのに対して砲兵は持続的な火力を提供する。航空優勢がとれていれば無人偵察機で弾着観測を行って遠方から火力を投射し続けられる。


 既に別の砲兵中隊は第21歩兵師団の大規模魔術攻撃陣地を攻撃しつつある。152ミリ榴弾砲よりも遥かに射程の長い130ミリ榴弾砲だ。


 152ミリ榴弾砲が17キロの射程に対して、130ミリ榴弾砲は27キロの射程を有する。


 そしてまたきのこ雲が上がる。


「社長、社長。よくバイラクタルTB2なんて都合のいい武器持ってましたね」


「顧客は実績のあるものを買いたがる。そして、トルコは意外と誰にでも武器を売る。トリャスィーロたちには悪いが2022年の戦争で実績を得たバイラクタルTB2はよく売れるヒット商品だ。手に入れるのに苦労したぜ」


 そう言って天竜の言葉に鮫浦が肩をすくめる。


「それにしてもよく防空網に穴が開くって分かりましたよね、トリャスィーロ中佐」


「敵はできる奴らだ。そんな奴らだからこそ退くと賭けたんだろう。こっちにとっては全面戦争だろうが、向こうにとっては局地戦。大損害は出したがらないはずだ。まして、未知の相手が未知のまま戦うなんて真似はしない」


 トリャスィーロはそこまで読んだんだろうと鮫浦は言う。


「いずれにせよ、儲けるチャンスには変わりない」


 鮫浦はそうにんまりと笑った。


……………………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る