4 桜川幼稚園のお姉ちゃん


 七月になった。この幼稚園には毎月『お誕生会』なる行事がある。その月に誕生日を迎える園児は『お遊戯室』という広い部屋にあるステージの上で皆に将来の夢を発表しなければならない。


 一回目の人生で園児だった時は『歌手』って言った。人前で話すのに緊張して、もごもご小さな声で。


 私の前の子の発表がそろそろ終わる。


「笹木由利花ちゃん」


「はい」


 名前を呼ばれ壇上に登る。


「由利花ちゃんの将来の夢は何ですか?」


 担任の先生に聞かれマイクを向けられた。

 ステージの下では他の園児たちが並んで座らされ、こっちを見ている。

 今回の人生、私の精神年齢は三十七歳。先生よりも年上なのだ。こんな事で怖気付いていられない。私は口の端を持ち上げ笑みを作る。これからの抱負を込めて高らかに宣言した。


「お母さんになります!」







 明くる日は園の砂場で遊ぶ子供たちを砂場の縁に座って眺めていた。

 きゃっきゃっとはしゃぎながら生き生きと砂を掘ったり山を作ったりする彼らは、何だかキラキラ眩しい。


「ゆりかちゃんはつくらないの?」


 一人の園児が話しかけてきた。えーと彼女は……。



「咲月(さつき)ちゃん」



 この幼稚園で最初に友達になってくれた子。


 それまで『友達』が何かさえ知らなくて、お母さんに「ともだちってなに?」って聞いたっけ。


 でも小学校へ上がった後はそれぞれ別の友達ができていつの間にか疎遠になってた。

 活発な性格の彼女。元々内気だった私は、彼女の事をすごいなって思ってた。誕生会での彼女の発表も堂々としたものだった記憶がある。

 若干つり目で目元にホクロがあり、短めのツインテールはくるっとカールしている。将来、美人になりそうな子だと思う。


 私は彼女に笑いかけた。


「うん。今日はここで見てるね」


「ふーん」


 あれ? 何か不満なのかな?


 彼女が目を細めた時、横の方で泣き出した子がいた。


「うああああん」


 何? どうしたの!? とぎょっとしてそちらを向く。

 しゃがんでいる男の子が泣いていて、その子の傍にいた別の男の子がスコップを持ったまま立ち竦んでいる。周囲にいた子たちが「ようすけくんがなかせた」と騒いでいる。


「だいじょうぶ?」


 咲月ちゃんがさっと動いて泣いている子の背を摩る。


 泣いている子は立ち竦む男の子を指差して「ようすけくんがスコップとった」と嗚咽している。


「ひどーい」


 周りの子たちがようすけ君を口々に非難している。



 うーん。泣かせたとはいえ、一人対大勢は酷じゃない? ようすけ君も泣き出しそうだよ。……ん? ようすけ君の後ろにいる沢野君が何か言いたげにオロオロしている気がする。何だろう?



「ちょっと待ってよみんな」


 私は立ち上がってようすけ君を責め立てる子供たちを宥めた。


「本当にようすけ君が取ったの?」


 ようすけ君に聞くと、彼は涙目で頷いた。


「何で取ったのかな?」


「……かえしてくれなかったから」


「ぼくがさきにつかってたもん!」


 泣いていた子が更に泣く。

 そんなスコップ一つで……と苦笑いしながらようすけ君の後ろにいる沢野君に聞いてみる。


「明良(あきら)君は見てたんじゃない?」


 明良君とは沢野君の下の名前だ。

 皆の視線が一斉に沢野君に集中する。沢野君はたじろぐ様子を見せたが答えてくれた。



「ぼくが……ようすけくんにたのんだんだ。のぞむくんがスコップかえしてくれないからいっしょにきてって。なんどもかえしてっていったけどぜんぜんかえしてくれなくてそれで……」



 今度は泣いていた子……のぞむ君が注目される。彼はびっくりしたのか一瞬で泣き止んだ。心なしか女の子たちの目付きが怖い。


「ま……まあまあ。いくら返してくれないからって無理やり取っちゃうのはやりすぎだし危ないからもう止めようね。のぞむ君も順番に使おうね。二人ともごめんなさいして仲良く遊ぼう! あ、私スコップ使ってないからこれ使ってね」


 のぞむ君にスコップを渡す。



「ごめんなさい」


 ようすけ君が頭を下げた。

 皆の見守る中、視線に耐えかねたのかのぞむ君も項垂れた。


「……ぼくもごめんね」





 その様子を遠くから見ていた先生たちに以後『桜川幼稚園のお姉ちゃん』と呼ばれていた事を、私は知らない。


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