第11話 プライベートの顔

「何」


「なんか、仕事中と随分印象違うなあって」


「こっちの台詞。あれだけ仕事できる有名な秘書がこんなズボラとは思わなかった」


「うるさいなあ、外ではちゃんと奥さん演じてるからいいでしょ」


「まあ、契約はそうだったから文句はないけど」


 巧はそこそこお酒に強いらしく、もうビールを一缶空にしていた。自分で作った料理を頬張り食べていく。


「お前、本当に男に興味ないんだな」


「え? ないよ(三次元は)」


「ふうん」


「何、今更」


「再確認しただけ」


「そっか、普通ならきゃあ! 上半身裸! ってなるところ?」


 そういえば少女漫画ではそういう反応だ。少なくとも恥ずかしそうに顔を赤くして俯くのがヒロインのお決まり展開。筋肉をじっと見つめてたなんて私くらいのもんかな。


 そりゃ、珍しいしかっこいいなあとは思うけれど。それは例えば、絵画とか彫刻とか見た時みたいな感覚で、性的な魅力とは到底思えない。なんでここまで三次元に興味ないのかしら私って。


「まあ、あんな凝視は普通しないだろうな」


「あは、ごめんごめん」


「いや気楽でいい」


 そういったくせに、彼はどこか面白くなさそうな顔をしていた。恐らく今までの人生、自分をちやほや囲む女ばかりだったので、無反応な私がつまらない、というところか。


 最初から興味ないところが理想的だって言ってたくせに、何を今更。


「仕事はどうだった」


「あー普段いばり散らかしてる社長たちもやけに私の顔いろうかがってるよ、非常に仕事やりやすくなった」


「杏奈の会社との取引に何かあれば困るのはそっちだからな。いくらでも立場利用してやれ、お前のところの社長ちょっと横暴すぎる」


「え、そう見える!?」


 私は隣を勢いよく振り返る。まさかあの藤ヶ谷グループからそんな風に見られていたなんて!


 巧はスルメを齧りながら言う。ところでイケメンとスルメってどうもアンバランスなのはなぜ。


「業界でも有名だろ、やり方を選ばないってな。上には媚び諂って部下には厳しいし」


「そうそうそれなの! ほんとね、気分屋だしあれどうにかしてほしい」


「あんなやつのそばでよく長く働いてるもんだ」


「もっと褒めて、どんどん褒めて!」


 私が拳を握りしめて力強く言うと、ふ、と彼は笑った。笑うとできる目尻の皺が、あの自分勝手な男とは思えないほど柔らかい印象になる。前も思ったけど、笑うと結構可愛らしくなるんだなあ。


 と、いうか。


 あんな性格の男と同居だなんて大丈夫かってかなり心配していたけれど、これは私の予想とは反して思ったより苦痛ではない。むしろ、一緒にいて結構楽な方だ。なぜだろう、私もだいぶ性格に難あるのかな? 似たもの同士ってこと?


 決して優しい人だとかいい人だとかではないのに、話しやすい。知り合って間もない人だとは思えないほどに。


 じっと隣の男を見た。また一滴髪の先から雫が落ちたのを何となく目で追う。外見だけは文句ないのになあ。


「杏奈それ何本目だよ、飲み過ぎ」


「え? まだ時間早いから大丈夫だよ」


「もう終わっておけ、中年太りまっしぐらだから」


「あー藤ヶ谷巧の奥さんがデブじゃだめか」


「そういうこと。俺の妻ならいつでも身だしなみは整えておけ。どこで誰がみてるかわからない、普段通りの杏奈なら大丈夫だと思って契約を持ちかけたんだから」


「へいへい」


 やっぱり性格に難アリの男だ。私はむくれて最後のスルメを頬張った。言われなくても、これでも外見は気遣ってますよ。


 少し経って巧も食事を終えて私の分のお皿も片付けてくれた。先に帰ったのに私の不動ぶりよ。レンジでチンしかしてない。


 まあいっかあと思いながらぼうっとテレビを眺めていた。よく見るバラエティ番組だ。


 食事も終わったので、巧はてっきり自室へ戻っていくのかと思っていた。ところが、お皿も丁寧に洗い仕舞い終えたあと、彼は無言でまた私の隣に腰掛けた。そして長い足を組んだまま背もたれにもたれてテレビを見始めた。


……ううん意外、テレビとか見るんだ、藤ヶ谷巧。しかもこんな馬鹿っぽいバラエティ。


 まあ彼の家なのだからどこで何をしようが自由だ。私たちはそのまま無言でくつろぎながらテレビを眺めた。





 午後九時もすぎ、私はようやく入浴を済ませた。


 高級マンションのお風呂は広いし綺麗、ジャグジー付き。こんなのテレビの中だけだと思っていた。ところでジャグジーってぶくぶくさせて何が楽しいのかちっとも分かんない。


 それでも広々としたお風呂はテンションが上がる。化粧を落としパジャマに着替える。自然と鼻歌が漏れてしまうほど、豪華な浴室は女の気分を上げる。


 そのまま肌の手入れもしっかり終えると、肩にバスタオルをかけたままリビングへと戻っていく。お風呂上がりに冷えた水を飲もうと思ったのだ。


 ガチャリと扉を開けると、そこのソファに巧はまだいた。気だるそうに腰掛けテレビを眺めている。私が入ってきたことに気づきこちらに視線が流れる。ぱちっと目があった瞬間、彼の目がまん丸に見開かれた。


「あーここのお風呂広くって綺麗で気分いいねー。でもあれ掃除大変だね」


「……杏奈」


「あ、ねえ入浴剤って入れないタイプ? 私入れたいんだけど適当に買ってきといていい?」


「お前なんだその格好は」


 冷蔵庫に向かい水を取り出した時そんなことを言われて振り返る。巧は呆然といった様子で私を上から下まで眺めている。


 私はキョトンとして答えた。


「え? パジャマ」


「…………うそだろ……

 何でそんなダサいの?」

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