第一章 正直者は馬鹿を見る?

第一話 ヌガキヤ村にドラゴン現る

 抜けるような青空の下で農作物の収穫に勤しむ人々の胸には、一抹の不安もなかった。

 ヌガキヤ村は、山間に広がる盆地にある。人口は千にも満たない小さな集落だが、人々は山の斜面も活用して小麦や果物、米などを栽培し、ここ数年の豊作続きで潤っていた。

 それというのも、新しく村長になったヌーが、まだ村の財政が苦しかった時分から子供の教育に力を入れ、村での義務教育を無償にしたばかりか、優秀な子供は村費で山向うの大きな町に「留学」させ、最先端の高等教育を受けさせたのだ。

 勉強を終えた子供たちの中には、そのまま都会に残る者もいた(ヌー村長は高等教育を終えた後は自由にしてよいと子らに通達していた)が、大半はヌガキヤ村に帰って来て、農作物の品種改良や、川を整備して自然災害の発生を抑えるなどの貢献をした。それが、ここ数年の豊作続きへと繋がったのだ。

 しかし、このように先見の明があったヌー村長でも、予見できないことがあった。それは――


「お母さん、あれなあに?」

 両親が鎌で刈り取った稲を束にして集めるお手伝いをしていた子供の一人が、青空を見上げて言った。

「えっ?」

 母親は軋む腰を延ばして鎌を持っていない方の手でトントン叩きながら、子供の指さす先を見た。

 それは黒い点で、よく見ると羽がついているのがわかる。

「鳥ね。ヒバリかしら」

「なんだ、サボってたら今日中に終わらないぞ」

 父親も手を止めて、腰を延ばしながら片手を庇代わりにして目の上に翳し、空を見た。

 平坦な土地に広がる田んぼでは、他の家族たちも総出で農作業に励んでいる。黄金色に実り頭を垂れていた稲が刈り取られた跡の切株が、どんどん増えていく穏やかな風景。山の斜面の果物畑で作業している者達の姿も遠くに見える。

 その山の上、はるか彼方に浮かぶものを目で捕えた時、父親は肝が冷えるのを感じた。

 まさか、そんなことが

 話には聞いていたが、実物を見たことはなく、彼の曾爺さんが若い頃旅の途中で遭遇したことがあるという、既にこの時代でも半ば伝説と化したその生き物は


 ドラゴン


 我に返った父親は、鎌を足元に落とすと、兄や姉の真似をしてお手伝い、と称して積み上げた稲の山にダイブするなどしていた末娘を抱き上げ、震えを懸命に抑えようとしながら、よく通る大声で言った。

「みんな、落ち着いて聞いてくれ」

 少し離れた田で作業をしていた村人たちも、何事かと手を止めた。

「あれは、ドラゴンだ。みんな、慌てず、落ち着いて山の中に逃げるんだ」


 当然、村はパニックに陥った。

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