その時、パチンと何かがはじけた音がした。


「ようやく結界が解けて、向こうも片付いたから来てみれば、すごいことになってるな」


 突然、背後から声が聞こえたので、可能な限り首をひねって見てみれば、そこには余市さんや上総さん、穂国さんと多紀さん、甘楽がいた。


 五人が一斉に動いた。

 気づけば、阿紫にそれぞれが武器を向けていた。

 余市さんは大きな槍の刃を目の前に突きつけ、上総さんは両手に持った剣を首根のところで差し交し、多紀さんは銃口をこめかみにあて、穂国さんは鎌を腹に、甘楽は背後から手裏剣で、それぞれがそれぞれに阿紫に止めを刺さんばかりに囲んでいた。


「あ……なんで?」


 現れたと同時に阿紫に攻撃を仕掛けるその素早さに度肝を抜かれたが、それ以上にみんなが俺を助けようとしてくれていることに驚いた。


「仲間の誰かが窮地に陥れば、持てる全ての力で助け出す、そう言っただろ? 忘れたか」


 さも当然とばかりに言い放った余市さんの言葉に、胸の奥がジーンとする。自分も余市さんたちの仲間と認識されていることが、殊の外うれしかった。


「な、仲間……」


 かみしめる様に言った俺に、その言葉を肯定するように上総さんが優しく微笑んだ。


「大切な従業員ですからね、どんなことをしても守りますよ」


「じゅ、従業員?」


 認識の違いを感じて首をかしげる俺に、上総さんがそれ以上に首をかしげる。


「あれ? うちの店でバイトしてくれるんですよね?」


「え?」


 確か、それは断ったはず……、そう思った瞬間、みんなが武器を下ろそうとする気配を察し、すぐさま肯定する。


「し、します、します、します! バイト、頑張ります!」


 この状況で言うセリフではなかったけど、声を張り上げた俺に、みんなの武器を持つ手に力が入る。


 とはいえ、そもそも戦う必要がないのだから、武器を下ろしてもらって全然かまわないのだが、未だこの状況を受け入れきれていない俺は、そのことを失念していた。


 そんな俺に穂国さんが声をかけてきた。


「遅くなって悪かったな。大丈夫か?」


 阿紫を睨みつける視線は厳しいが、穂国さんに気遣う言葉を投げかけられた途端、目頭が熱くなった。


 こんな自分を心配してくれる人がいる、それが何よりうれしかった。


「俺はなんとか大丈夫です。皆さんはケガとかしてないですか?」


 大きなケガとかはしてなさそうだが、俺よりもはるかに多くの敵と対峙していたのだから、無傷というわけにはいかないだろう。


「いちばんボロボロの奴に言われたくないんだけど……っていうか、これってどういう状況? お前が檻を解けってうるさかったから解いたけど、解いて正解だったのか?」


 確かに、この状況ではそうかもしれない。

 ズタボロで挙句に首を絞められていれば誰だって誤解する。


 多紀さんもこの状況に疑問を感じたらしい。


「絡新婦はどこいったんや? まさか、絡新婦の親玉が――」


 多紀さんがすべてを言い終える前に、すさまじい風が巻き起こった。


風が刃となって体中を切り付けていく。


 阿紫を取り囲んでいたみんなは素早くその場を離れ無傷だったのに対し、俺だけ傷が増えていた。


 俺……阿紫の主になったんだよな。


 思わず首をかしげたくなる……が、今はそんなことを考えている場合じゃない。


気付けば阿紫が凄みを効かした目でみんなを睨みつけていた。


 さすがというべきか、余市さんたちはすぐさま体制を整え、阿紫に向き直る。


 一瞬にして空気が張りつめる。


『あんな虫けらとわらわを一緒にするでない』


 阿紫が怒りも露わに怒鳴ると、俺の首を絞めつけていた手に力が入る。


 締め付けられすぎて声も出なかったから慌てて阿紫の手をたたき、離してくれるように訴えた。


 阿紫が首を絞めていたことに気付いたかは疑問だが、ようやく解放された。  

 が、解放の仕方は乱暴で、俺はその場にどさっと尻もちをついた。


 絞められていた首をさすりながら多岐さんに報告する。


「た、多紀さん、それ、禁句です。絡新婦と阿紫は仲間ではありません」


「それ早う言いや。で、阿紫って誰やねん」


「すみません、えっと、阿紫は……、阿紫というのは彼女のことです。たった今、俺の式神になりました」


「「「「「…………」」」」」


 数秒の沈黙。


 破ったのは甘楽。


「そいつ妖だろ? しかも九尾の狐。それがお前の式? 『お前が』『妖』奴隷になった、の間違いじゃね?」


 ずいぶんとひどい言いようだ。でも自分でも信じられないのだから、甘楽が信じられないのも無理はない。

 とはいえ、ついさっき『契り』というものを交わしたのは事実だ。


 契りを交わした親指からは血がにじんでいるし、先ほどまで掴まれていた首がヒリヒリと痛む。おまけに頬をつねってみたがしっかりと痛みを感じるのだから、夢ではないだろう。


「いや、阿紫が自分から式神になるっていったから『俺の式神』で間違いない」


 すると、余市さんが殺気を孕んだ視線で阿紫を睨みつけた。


「我らは人に仇なす存在を狩る者。式神であろうと人に仇なせば直ちに狩る。そしてここに居る仲間を裏切れば容赦はしない」


 余市さんが凄みのある声で言い放った。自分に言われているわけではなかったが、その声も鋭いまなざしも阿紫に負けず劣らず恐ろしかった。


『妖は気まぐれで奔放じゃが、契約は反故にはせぬ。人間の方が嘘にまみれ容易く裏切る』


 そう言って阿紫は呑気に大きなあくびをした。


 その言葉を聞いたからなのか、阿紫に戦う意思がないからなのか、いつの間にかみんなも臨戦態勢を解いていた。


「妖自ら式神になるとは珍しいですね。よほど退屈だったか、酔狂かどちらかでしょう」


 何気にけなしているが上総さんはそれに気づいていない。それに、上総さんの言葉に余市さんも加わる。


「いや、両方だろうな。それにしても妖の考えることは理解できん。まあ、俺ら凡人に妖の考えなどはなから理解できないが」


「「「「確かに」」」」


 余市さんの言葉に、至極まじめな顔でみんなが頷いた。だが、俺はその言葉に疑問を覚えた。


 凡人って……。


 明らかに人間離れしている人たちが凡人って、絶対ありえない。

 でも、今のこの状況ではさすがにそれは口にできなかった。


 すでにみんなはこの状況に対応できているようだけど、俺だけが今もなお混乱していた。

 

 そんな俺の肩に上総さんが手を置いた。


「色々聞きたいことはありますが、それはまた今度にしましょう。さあ、帰りましょう」


 上総さんの笑顔に、緊張の糸が一気にほぐれた。

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