⚃
家に近づくにつれ、黒くて重い雲がのしかかってくる。それなのに分厚い雲からは雨が落ちてくる気配はいっさいない。
代わりにどんよりと重苦しい気配が不安を誘う。
そして、ようやく家が見えた時、ハッと息を呑んだ。
俺の家を囲むように、いくつもの青い光が漂っている。それを追ってきたのか、邪鬼や物の怪、悪霊の類のモノが蠢いていた。凄まじい光景に、俺は思わず一歩後退った。
引き返して逃げなかったのは、その中心にいる人物の姿が目に入ったから。
匠実だ。
青い玉を両手に抱え、家の前をウロウロしている。
俺の存在に、人ならざるモノたちがざわつき出す。
『ゴクジョウノ タマシイ』
『アレハ ワレガ クラウ』
『イイヤ、アレハ ワレノモノ ダレニモヤラヌ』
口々に勝手なことを呟きだした。
すると、匠実も俺の存在に気付いたのか、視線をこちらに向けた。俺の姿を見つけた匠実は、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「宗介! お前んちってここだよな。でも家が見つからないんだよ。引越したのか?」
俺はまじまじと匠実の顔を見た。
「本気で言っているのか?」
逆に尋ねた俺の顔を、匠実がキョトンと見返してくる。その顔は冗談を言っているような顔ではない。
だったら、どうしたことだろう。
俺の家は、目の前だ。門の前に立っているのに気付かないとは、どういう事だ?
ふと、父親の言葉を思い出す。
『人柱となり家に結界を張ってもらった』と言っていなかったか?
その結界が、今も効いているのだとしたら?
でも、結界は普通の人間には効かない。その結界が効くとすれば、それは人ならざるモノのみ……。
ハッとした。
匠実はすでに人ではない?
いいや、そんなはずはない。
禍々しい気配など匠実からは一切感じない。
匠実は何ひとつ変わっていな……い。
「匠……実……?」
匠実は青白い光を両手に抱えて、嬉しそうにほほ笑んでいる。
それは以前、藍色の色彩をまとった男が、魂だと言っていたものだ。
何故それを匠実が持っている?
「匠実、それが何か……知っているのか?」
恐る恐る尋ねると、匠実は得意げな表情を浮かべた。
「すごいだろ。俺頑張って集めたんだぜ。ほら」
そう言って、抱えていた青い光を差し出してきた。その目は狂人のような光を放ち、口元には残忍な笑みが浮かんでいる。
「頑張った? 何でそんな事してんだよっ!」
苛立たし気に問いただすと、匠実は目を丸くして驚いた。
その拍子に青い光が匠実の手から零れ落ちてしまい、匠実は慌ててその青い光をかき集めようと地に這いつくばる。
その姿にショック受け、俺は呆然とその様子を眺めていた。
先ほどから遠目に見ていた邪鬼たちはその隙を見逃さない。匠実が拾い集める青い光を奪おうと襲ってきた。
必死でかき集めるあまり、周りが見えていないのか、襲ってくる邪鬼に匠実は全く気付かない。
「危ないッ!」
叫んだのと、目の前の邪気が霧散したのが同時だった。
邪鬼の代わりに現れたのは、以前夢に出てきた藍色の色彩を纏った長い槍を持つ男。
その男の出現に、匠実が男から青い光を隠す。
「匠実?」
不思議に思っている俺をよそに、男はゆっくりと匠実に近づいていく。
匠実は怯えた目を男に向け、その男から逃れるように、一歩二歩と後退る。
「お前の持つそれが、何であるかわかっているだろ?」
俺と同じ質問を口にした男の声は、冷たく厳しいものだった。
問われると、匠実の肩がビクンと震えた。
「これは俺が集めたものだ。二度もお前に奪われてたまるかッ!」
匠実が男のことを知っている事が、ショックでならなかった。
途中で途切れたあの夢は、夢ではなく現実で、到底信じられることじゃなかったけど、違うと言い張るには何もかもが生々しかった。
ただ茫然と立ちつくす俺を、人ならざるモノたちは見逃すはずもなく、一斉に襲い掛かってきた。
その時――。
地を揺さぶる雷鳴がとどろき、分厚い雲を突き抜けて、ひと筋の光が差し込んだ。
次いでいくつかの閃光が走った。
その光とともに、新たな存在が現れた。その男たちの登場に、一瞬にしてその場の空気の色が変わった。
現れた男たちを見て、俺は衝撃で唖然とする。
ひと目その姿を見ればすぐにわかるのに、どうして今まで気づかなかったのかと自分自身呆れてしまう。
清らかな漆黒の闇に包まれているのは、甘楽。
黒衣に身を包み、艶やかな漆黒の髪は後ろにひとつに結ばれている。凛として佇むその姿には一切女性的な要素はなく、
多紀さんはすべてを燃やす紅蓮の炎を従え、銃を肩に担いでいる。紅い瞳に紅い髪、赤い軍服姿の多紀さんは、鋭い眼差しで迫りくる邪鬼たちを睨みつけている。
穂国さんは眩しいほどに金色の光を帯び、金色の瞳はその眼差しだけで射止めんとするかのような鋭さがある。金糸で彩られた袖から覗く腕はたくましく、その腕には鎌の鎖が巻かれている。
妖艶な銀色の光を放っている上総さんの銀色の瞳からは、感情を読み解くのは難しく、それがいっそう妖艶さを醸し出している。銀光に輝く刀を構えるその姿には、一分の隙も無い。
そして、静かで深い海のような、藍色の色彩を纏っているのは余市さんだ。戦国武将を連想される衣服を身にまとい、長い槍を無造作に肩に担いでいる。黒とも見紛う瞳は、冬の海のように冷たい輝きを放っている。
彼らは俺が人ならざるモノに襲われたときに、助けてくれた人たちだった。
余市さんたちの出現に、今にも襲ってこようとしていたモノたちが、尻込みしたように動きを止めた。
「なんで……」
驚きのあまり呟いた声はかすれていたが、一番近くにいた甘楽に届いた。
「ようやく気付いたか。鈍いやつだとは思っていたが、これほどとは思わなかった」
軽蔑の視線を浴びせながら甘楽がぼやいた。
悔しいが言い返すことはできない。自分でも何故気付かなかったかと疑問に思うほどだ。今の状況を言い表すとすれば、妖術が解けたように視界が開けたという感じだ。
「呆けている場合やないで」
多紀さんの緊迫した声が響く。
確かに、人ならざるモノたちが、隙あらば狙ってこようとしている。
すると、上総さんが一歩前に出て、凛とした声を響かせた。
「清らかなる青き光よ、直ちに主の元に戻られよ。迷いし魂よ、我が光に従い給え、主たる者が待つ場所へと導かん」
清らかな声が闇に響き渡るのと同時に、目を覆わんばかりの閃光が走った。
すると、匠実が集めたという青い光の玉は、導かれるように光を追うようにして方々に飛び散った。
それを見届けると、次に余市さんが大きく息を吸った。
「ここに居るすべてのものに告げる」
一瞬の静寂がその場を支配した。
そして、厳粛で精悍な声が響く。
「我らは人に仇なすモノを狩る者ぞ。狩られたくなからば、直ちに在るべき処に帰られよ。さもなくば何であろうと我らの牙にて狩るのみぞ。狩られたモノは二度と輪廻の輪には戻れぬと承知せよ」
いったん言葉を切ると、余市さんは周りを見渡した。
余市さんの言葉を聞いても、この場から逃げ出すモノはいない。
すると、左腕を高々と上げ、指をパチンと打ち鳴らした。
「賽は投げられた」
薄いベールのようなものが、その一帯を覆う。言うなれば結界のようなものだ。
「此れは神の伊吹なれど、悪しきモノを封じる光の
宣告するように、余市さんが声を張り上げると、上総さんが続いた。
「我らが千紫万紅の牙なれば、散って咲く花の糧と為せ」
上総さんがこれまでにない冷たい声で言い放った。
それが合図となったのか、人ならざるモノたちが一斉に牙を剥いた。
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