第38話 魚釣り
「ふ、吹き飛ばされそうなんだけど!」
フレアが俺の背中で大騒ぎ。
腕に回す手に力が入り、振り落とされないようにと必死に食らいつく。
しかし焦るフレアとは対照的に、俺は落ち着いていた。
落とされるような不安感はゼロ。
ハンドルを握っていると、どうやら体が離れない仕組みになっているようだ。
不思議ではあるが、これも【家電魔術】の力であろう。
驚くことはもう無い。
だがフレアは別。
だってハンドルを握ってないんだもの。
「死ぬ! 死んじゃう! あの世にいっちゃう!」
「大丈夫だ。怪我するだけで済むから」
「怪我なんてしたくないけど! でもその時は道連れにするからね!」
「物騒なこと言うんじゃないよ! 落ちるなら一人で落ちろ!」
なんてフレアに言うけれど、落ちないように彼女の手を左手で強く握りしめる。
俺って優しすぎるのでは? と自画自賛しておく。
スクーターを走らせ、わずか十分。
俺たちはとある川に到着する。
どうやらここが目的地のようだ。
自動運転をしてくれた佐助に感謝。
佐助がスクーターから離れ、猫の姿に戻る。
メーターを確認してみるが……ガソリンの目盛りに変化が無い。
どうやら燃料を消費せずに走ってくれるようだ。
まさに神アイテム。神スクーター。
こんなの皆欲しがるに決まってるじゃないか。
ま、他の誰にも買えないんだけど。
川を眺めてみる。
草原と繋がっている大きな川。
川の向こう岸には洞窟があり、その洞窟からは異様な雰囲気を感じ、近づかないと俺は瞬時に判断する。
面倒事はやめていただきたい。
「で、魚釣りって何するんだよ?」
「ここでハマルチって魚が釣れるらしいんだけどね、それを三匹納品するんだって」
フレアはランクの低い仕事を選んできたのだろう。
魚釣りなんて誰でもできるじゃないか。
俺の出る幕どころか、フレアが戦うような気配もない。
これも仕事なんだろうけど……強くなる努力をしようとは思わんのかね。
俺は呆れて、草の上に寝っ転がる。
「佐助。適当に狩りをしてきていいぞ」
『ニャン!』
嬉しそうな目のマークを表示し、佐助は走り出す。
「ちょっと。仕事付き合ってくれないの?」
「一人でやれよ。魚釣りぐらい。報酬はお前の一人占めでいいから、一人でやってください」
「ラッキー。お金お金」
俺が手伝わない怒りより、俺が手伝わないことによりお金を一人占めにできる喜びが勝ったようだ。
異空間から用意しておいた釣り道具をフレアに渡すと、彼女はウキウキ気分で釣りを開始した。
「…………」
俺は半分寝ながらフレアのことを観察していたのだが……全く釣れる気配がない。
ま、釣れない時は釣れないよね、釣りって。
何度か釣りに行ったことはあるが、一切釣れなかったこともある。
運もあるんだろうけど、忍耐だよ、釣りは。
「……ねえ、帰ろっか」
「早ッ。まだ一時間も経ってないんだけど」
「でも十分以上経ってるもん。なのに一匹も連れないなんて……効率悪すぎ。お金が稼げないじゃん」
「仕事選んだのはお前だろ。それに、仕事を投げ出すのも問題なんだろ?」
「うーん……あ、どこかで魚買って行こうか」
俺はため息をつき、フレアに言う。
「それ、金が減るんじゃないの? 商品を置いてる店って、どこかから魚を購入してるわけで……多分、こうやって誰かに頼んだりしてるんだろうな。相手は買った物を販売してるんだから、その分それを買ったら高くなるのは当然だろ」
「……釣る」
当たり前のことだが、当たり前のことに気づいていなかったフレア。
転売するような物だ。
元の値段が高けりゃ、儲けなんDて出るはずもないのに。
金が減ることを嫌うフレアは、意地でも魚を釣ろうと躍起になっている。
しかし、いつまで経ってもかからない魚。
時間だけが無駄に浪費されていく。
「ユキムラ~。助けて~」
とうとう涙目で俺に助けを求めてくるフレア。
自分で取ってきた仕事なんだから、自分でなんとかしろよ。
俺はそう言ってしまいそうになるが、グッと我慢。
そんなことを言ったらさらに泣き言を言ってくるに決まっている。
ここは沈黙が正解だ。
「ユキムラも仕事しないと、お金を稼げないでしょ?」
「大丈夫。俺には佐助がいるから。それにお掃除ロボもいるから。現在進行形でお金は自動的に溜まってんの」
「ズルいズルいズルい! ズルすぎる! ちょっとでいいから私にもその楽さを分けて! 無理ならお金を分けて!」
「どっちにしても俺に得が無いじゃないか! 一方的な交渉はどうかと思うけど」
「だったらどうすればいいんだよ! ユキムラの奥さんになるとでも言えばいいの!?」
「いや、いらないし。奥さんいらないし」
鼻水を垂らしてフレアは俺にそう訴えかけてくる。
フレアが奥さんか……悪くない。
が、俺にはカタリナさんという完璧美女がいるのだ。
悪いが、旦那が必要なら他に当たってくれ。
「私、お金の管理もできるし、料理だって頑張るからいいと思うんだけどな」
「悪くないだろな。お前なら、欲しい男性はごまんといるだろうさ」
「……ユキムラは?」
「俺は――」
俺はスッと起き上がり、川の方角を見すえる。
フレアはこちらの方を見ていて気が付いていない。
「とりあえずは、そいつらを倒すことにするよ」
「へ?」
俺の言葉に、フレアが振り返る。
彼女が振り返った先、川の中からは――モンスターがゾロゾロと姿を現せていた。
ったく。
次から次に面倒ってのは起きるものなんだな。
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