第29話 エピール

「では、行ってきます、カタリナさん」

「はい。いってらっしゃい。ご飯用意して待ってますね」

「……本当ですか」

「本当です」


 小屋の入り口で俺を見送りしてくれているカタリナさん。

 そんな彼女の口から、とんでもないことを聞いてしまった。


 ご飯を用意してくれるだと!?

 そんな……そんな夢のような話ある?

 好きな人がご飯を用意してくれてるなんて……ああ、これはやはり夢のなのかもしれない。


「いひゃい。なにふんのほ」

「痛いか……なら、夢じゃないってことか」


 フレアの頬を引っ張る俺。

 彼女は俺の手を振り払い、怒りを滲ませた瞳で俺を見据える。


「夢かどうか確認するなら、自分の頬で確認しなよ!」

「そんなことしたら痛いだろうが」

「私が痛いのはいい!?」


 フレアは驚きと不可解さに満ちた表情を見せ、そして俺の両頬を引っ張ってきた。


「痛い痛い。何ふんはほ」

「夢じゃないって分かって良かったね!」

「そんなのさっき確認したから分かってるんだよ! わざわざ俺の頬を捻る必要はなかっただろ」


 拳を握り締めるフレア。

いや、冗談だって分かってくれよ。


「とにかく、これで夢じゃないのは確定したというわけだ。では、カタリナさんの食事を楽しみに、こいつを鍛えて参ります」

「あんまり期待しないでくださいね。料理は初心者なので……」

「期待なんてしてないよ。なんなら、私が代わりに作ってあげようか? 私、料理はそれなりに得意だしさ」

「大丈夫。私が作るから」


 またまた視線をぶつけ合うカタリナさんとフレア。

 相性がよくないのは分かったが……これから毎日がこんな様子なのは困りものだ。

 これはさっさと、フレアに出ていってもらわないとな。


「ほら。睨み合ってないで行くぞ」

「ふん」

「それでは、カタリナさん。行ってきますね」

「はい」


 俺は空間移動の道具を取り出し、瞬時に町へと移動した。

 フレアも慣れたもので、一瞬で町に到着しようと驚くことはない。

 彼女は少しため息をついて、町の中へと入って行く。


「おい、どこ行くんだ。行くのは外だモンスターを倒しに行くぞ」

「モンスター倒すのにもギルドで依頼を受けた方がいいの。どっちみち倒すなら、より儲ける方がいいでしょ」

「……守銭奴」

「守銭奴じゃないもん! ちょっとお金が好きなだけだもん!」


 頬を膨らませてギルドの方へ向かって行くフレア。

 俺は佐助とじゃれないながら彼女の後ろをついて行く。


「そういやさ」

「何?」

「この町の名前ってなんなの?」

「……エビール。そんなのも知らなかったの?」

「そんなのもって……お前だってあの店にある商品は全然知らなかっただろ?」

「まぁ、そうだけど……」


 家電量販店の商品ラインナップを思い出してか、フレアは難しそうな顔をして頷く。


「誰だって知らないことは知らないんだよ。フレアにとってこの町を知っているのは常識かも知れないが、俺は全く知らない場所から来たんだから知らないの」

「そういうものなの?」

「そういうものなの。それが分ったらさっさと独立しろ」

「それとこれは話が別でしょ! そんなに急かさないでよ」


 急かしたいに決まってるだろ。

 だってこいつ、カタリナさんと喧嘩するし。


「あ……」

「どうした?」

「あれ」


 フレアは突然立ち止まり、少し離れた場所を指差す。

 何ごとかと思いそちらの方を確認してみると……

 そこにいたのは、この間俺が倒した男が二人。

 名前は知らない。

 だが、フレアは面倒くさそうな表情を浮かべている。


「よし。埋めるか」

「埋める!? それはやりすぎだよ!」

「でも、会うのは嫌なんだろ?」

「嫌だけどさ……何言われるか分かんないし」

「なら、言われないようにするか」


 フレアは「へ?」と言葉を漏らしてその場を動かない。

 俺はそんなフレアを置いて、男たちに近づいて行く。


「やあやあ、お久しぶりで」

「ああ? ……ううっ! お前は」


 男たちは誰かを探している様子であったが、俺の顔を見るなりその強面の表情を固まらせる。


「誰か探してるのか?」

「て、てめえには関係ねえだろ!」

「確かに関係無い。でも、もしも、もしもだけど……」


 俺はある可能性を思案する。

 もしかしてこいつらが捜してるのって……

 あいつのことなのでは?


 なので一応、釘をさしておくことにする。

 元々そういうつもりだったし、どちらにしてもフレアに手出しさせないようにしてく。


「それがフレアだったら……俺は関係者ってことになるからな」

「ど、どういうことだ?」

「そのまんまのことだよ。俺は今、あいつと同棲してるんだよ。だから、分るでしょ? 俺らの関係」


 もちろん、やましいことも無ければそんな気持ちも微塵も無い。

 そして俺は嘘もいっていない。

 同棲は言い過ぎだが、形としては道着であろう。


「…………」


 男たちの狙いはフレアだったようだ。

 俺の話を聞いて、完全に硬直してしまっている。


「あいつに手を出したら……あの世行きだと思っておくんだな」

『ニャン!』

「ひぃっ!!」


 俺と佐助の怯える男たち。

 これだけ怯えているなら大丈夫だろう。

 俺は男たちに背を向け、フレアのもとへ戻って行く。

 本当、面倒が多い女だな。

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