第7話 挫折

桜 彩は軽度の快楽主義者であった。面白いと思ったことには適当に首を突っ込み、不快であるようなことに対しては、1ミリとも関心を示さないか、または「つまらない」と面を向かって歯向かう性格をしていた。


だから、根暗で無難な性格をしている亮には、さして興味はなかった。しかし、共に幼い頃から育った仲であるため、気心が許せる仲であったことには違いがなかった。


桜は、幼い頃から魔素の制御に関しては得意であり、敏感であった。特に相手の魔素の流れを拾うことに関しては一級品であり、魔素の流れを感じることができれば、相手の気分くらいは簡単に把握することができた。それはすなわち、相手の行動をある程度予測することができるのと同義であった。


それゆえに、想定外のことが起こることが楽しくてたまらなかった。自分の知らない魔素の流れがあればふらふらと寄っていき結末を見届けて。面白いことを感知すれば、そのイベントに混ざりにも行ったりした。それでも、最終的に帰ってくる亮の隣は居心地がよかった。帰れば気分が安らぐ場所でもあった。それは、決して恋心などというものではなく、ただの疲れたら帰ってくるベッド程度にしか考えていなかったのである。


それゆえに、親友がいじめられているのが「気に食わなかった」それだけで歯向かう理由に足りえた。いじめられているのが、根がまじめであり、まさに優しさの塊であった親友であることが許せなかった。だから、


「やめたまえ! このことに関する事実は本当なのかい? 短絡的な思考でいじめを行うというのはボクには理解できないのだがね。」


と声を上げみんなの間違いを真っ向から指摘した。


それに、今回も簡単に片が付くという風に楽天的にとらえていた面もあった。なまじ今まで自分の予想が外れたことのなかったので、桜こそが雑で短絡的な思考に陥っていたのに気づかなかったのである。


しかし、すぐに片が付くという予想は、最悪の形で裏切られることとなる。予想ではいじめの主犯に向くはずであった悪意がいきなり桜に向き始めたのだ。この初めての予想外の出来事に桜は取り乱した。


この原因は簡単である。桜はあまりにも調子に乗りすぎてしまったのである。みんなが我慢していた限界を超えてしまったがゆえに起きてしまった結末。桜は日ごろから、揶揄ったり、驚かせたりすることが多かった。男子は桜の可愛さ故に許せていたし、女子はその美貌に敵わないとあきらめていることも多かった。


しかし、クラスの中で悪に立ち向かう正義の味方のように振舞われるのはとても我慢できるものではなかった。たとえ自分たちが間違っていたとしても真っ向から指摘されれば反発もしたくなった。加えていつも人を小馬鹿にするようなやつが何を言っているのだという不満も湧いた。


そこからの皆の行動は早かった。最初は、少しお灸を据えてやるという程度であったが、受けた当の本人が、飄々と受け流すのを見て、もっと、もっと、と内容がエスカレートしていった。


このレベルなってしまっては、事の発端の事実などどうでもよかった。桜が折れるか、クラスが折れるかの意地の張り合いになってしまったのである。


そうしているうちに事件が起きた。初めにいじめていた娘、つまり桜の親友が自〇をしてしまったのである。遺書からは、「もうこれ以上はやめて欲しい」という旨のことが書かれており、クラスの皆は、一気に我に返った。


そこでクラスの人がとった行動は、いじめの主犯を桜に仕立て上げることだった。SNSなどでデマ情報を流し、証拠なども捏造し始めたのである。


これにより、桜はいじめの主犯の烙印を押されてしまう。

どこに行っても向けられる嫌悪感に桜は憔悴しきっていた。そこでふと思い出したのが亮である。亮の隣であればゆっくり休むことができると、しかし亮の下を訪れたとき向けられたのは拒絶であった。親友を守り切ることのできなかったことに対する後悔や惜しさなどでいっぱい、いっぱいだった桜に決定的な一撃を加えることになってしまったのである。


「彩が、そんな奴だとは思っていなかった。 やったことが最低なことだってことはわかっているの?」


最初桜は亮が言っている言葉の意味を理解することができなかった。亮ならば、桜が無実であり、桜が正しいということを信じてくれているのだと思い込んでいたのである。


「待ってくれ、違うんだ!ボクは本当に…」


亮に真実を知ってもらおうと話しかけたとき、桜に映ったのは、亮からにじみ出る嫌悪感であった。

そこで桜は、はじめて恐怖というものを知った。今まで、手の中にあったものが零れ落ちてしまうような、孤独を感じた。親友のタヒと幼馴染からの拒絶により彩の心は完全に折れてしまった。


結局いじめの事件は桜が折れ、皆に謝罪することで収束し、亮との仲も修復することができた。しかし、また拒絶されてしまうのではないかという恐怖は張り付いて離れることがなかった。そして、誰も信じてくれなかったことに対す悲しみ。桜が作り上げてきた関係が脆いものだと気づいた。


それ以降、桜は亮だけには勘違いされないように、拒絶されないように亮にべったりと張り付くようになった。はたから見れば、愛し合っている恋人に見えたかもしれない。しかし実際には、もう二度と孤独な気持ちを味わいたくないという後ろ向きな気持ち。それは、愛というにはほど遠い依存的なものであった。

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