第41話
☆☆☆
夜中中、彰はうめき声を上げて苦しんだ。
その声が聞こえてくるたびに蘭は彰の部屋へ急ぎ、様子を確認した。
しかし、薬も飲んで病院にも行くことができない状態ではこれ以上できることはない。
蘭はひたすら彰の汗をぬぐい、少しでも呼吸が楽になるようにパジャマのボタンを外す。
そして彰の手を握り締めた状態で、窓から朝日が差し込み始めた。
夜中中苦しんでいた彰は目を閉じて規則正しい呼吸を繰り返している。
額に手を当てて熱を確認してみると随分と下がっていることがわかった。
蘭はホッと胸を撫で下ろしてベッドの横に座り込んだ。
もしかしたらもうダメなのかもしれないと、昨夜の内に何度恐怖を感じたことか。
こんなに早く彰とのお別れが来るなんて思ってもいなかったから、蘭の心臓は早鐘を打ち続けていた。
それが朝になり熱が下がってきたことでようやく安心することができた。
「蘭……?」
か細い声で呼ばれて振り向くと、彰がうっすらと目を開けていた。
「ここにいるよ」
そう言って彰の手を握る。
彰はホッとしたように笑みを浮かべた。
「前にこうして熱が出たとき、この家には誰もいなかったんだ」
ぼそぼそと小さな声で話す彰。
蘭は彰の言葉を聞き逃さないようにしっかりと耳を傾けた。
「誰もいなくて、夜になったらどんどん熱が上がってきて、全然下がらなくて、苦しくて。もうこのまま死ぬんじゃないかと思った」
そして、口角を上げて少し笑った。
「ただの風邪で死ぬことなんてそうそうないのにな」
「でも、わかるよ。ひとりだと心細いよね」
蘭は頷く。
「今回も俺はもう死ぬんじゃないかなって思った」
その言葉に蘭の心臓が大きく跳ねた。
自分だけじゃなくて、彰自身も同じ心配をしていたのだ。
「でも、目を覚ますたびに蘭がいて。あぁ、今はひとりじゃないんだって思うと、不思議と安心できた」
「うん」
「ただ……俺がいなくなったら、蘭はひとりになるのかな?」
「……どうしてそんなことを聞くの?」
蘭は眉を寄せた。
それは今にも泣き出してしまいそうな苦しげな表情だ。
「ごめん。でも、きっとそんなことはないよな。蘭は俺が誘拐してきただけなんだから。元の生活に戻ればいいだけだ」
そうかもしれない。
だけど違う。
全然違う。
気がつけば蘭の頬に涙が流れていた。
自分を誘拐した男が今にも死にそうだ。
それを目の当たりにして、泣いている。
彰は手を伸ばして蘭の頬に流れる涙をぬぐった。
「そんなこと言わないで。最初の予定通りあたしを一緒に連れて行って」
蘭の言葉に彰は笑ってしまった。
声を出して楽しげに。
「そんなことを言うとは思わなかったな」
彰はもともと蘭と無理心中をするつもりで誘拐した。
あの事件に触発されて、自分なら生き残ることなく死んでみせると意気込んで。
それをまさか被害者の蘭から熱望されるなんて思ってもいなかったけれど。
「ねぇお願い。あたしはそうしてほしいと思ってる」
蘭の言葉に彰は優しく微笑んだ。
そして蘭の頭をなでる。
しかし、ついに彰はイエスと答えることはなく、そのまままた眠りについたのだった。
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