第2話
その途中で記憶は消えている。
蘭が意識を失っている間に、犯人は蘭をこのわけのわからない部屋につれてきたのだ。
蘭は自分の歯がカチカチと鳴っていることに気がついた。
寒いのではない。
状況を理解するにつれて沸いてきた恐怖心からだ。
自分はこれからどうなるんだろう。
自分はこれからなにをされるんだろう。
誘拐犯の目的を考えてみると、一番に思い浮かぶのは身代金だ。
しかし、蘭の家はそこまで裕福な家庭じゃない。
お金目的で誘拐するなら、もっとお金持ちのお嬢様を狙うはずだ。
だとしたら、目的はひとつしかない。
女子高生の蘭を誘拐して、犯人がすること……。
おぞましい光景が脳裏をよぎって蘭は慌てて左右に首を振り、想像をかき消した。
そして、そうなってしまう前にここから逃げ出さないといけないと考えて、必死で体をゆすった。
うまくすれば拘束しているロープが緩んでくるのではないかと考えたが、そんなに甘くはなかった。
犯人は頑丈にロープを結んでいて、ゆすっただけでほどけてくるようなものではなかったのだ。
かといってこのまま拘束されているわけにはいかない。
自分にはまだまだやりたいことがあるし、楽しい未来が待っているはずだ。
こんなところで途絶えるわけにはいかない!
そう思ったときだった。
ギィィ……。
コンクリートの壁に反射する音が聞こえてきて蘭は息を飲んだ。
それは階段の奥にあるドアが開いた音だったのだ。
その後コッコッと階段を下りてくる足音が聞こえてきて、蘭はまたゴクリと唾を飲み込んだ。
そしてジッと階段を凝視する。
あの上から一体どんな人が姿を見せるのか、緊張と恐怖で吐いてしまいそうだった。
コッコッコッ。
足音と同じリズムで降りてくる革靴が見えて心臓がはねた。
コッコッコッ。
そこから黒いスーツのすそが見える。
そして黒い皮手袋をはめた両手、やがて、黒い覆面をかぶった男が現れたのだ。
蘭は呼吸することも忘れてその男を凝視した。
覆面の奥に見える目が蘭を捕らえて、咄嗟に視線をそらせる。
男は重たそうな麻袋を持っていて、それを手にテーブルの前まで近づいた。
袋をテーブルの上に投げるように奥と、蘭へと向き直った。
蘭は小さく悲鳴を上げて目に涙を浮かべた。
これから起こることを想像して恐怖で表情が引きつっている。
男は蘭の前に移動すると、ポケットから何かを取り出した。
それを見た蘭はまた小さく悲鳴を上げる。
男が持っていたのは蘭の保険証だったのだ。
それを男が持っているということは、男は蘭の私物をすべて没収しているということになる。
そして身元はすべてバレているということも。
「平野蘭」
男がマスクの下でくぐもった声を出す。
男に名前を呼ばれた瞬間蘭の全身に鳥肌が立った。
男の声は誰もよせつけない、トゲのあるものに感じられた。
同時にとても冷たくて、どこか悲しさを感じる声。
どうであれ、今の蘭にはその声が鬼や悪魔と同等のものに聞こえたに違いない。
名前を呼ばれた蘭は体を震わせ、口元も震わせて涙をこぼした。
「怖いか?」
男に聞かれて蘭は何度も大きく首を縦に振った。
「そうか」
男は呟くように言うと、蘭に背を向けてテーブルの上の袋を開いた。
中に入っていたものをテーブルの上に丁寧に並べていく。
ロープ。
ガムテープ。
カッターナイフ。
包丁。
瓶に入った薬品。
ひとつひとつが並べられていくのを見て、蘭は更に涙をこぼした。
発狂しそうな心境だったが、怖くて声もでない。
男は怪しい道具を一式並べ終えると、また蘭へ向き直った。
そして覆面に手をかけたのだ。
蘭は目を見開いてそれを見つめる。
犯人が覆面を取るとき、それは見られてもいい相手の前だけだ。
それなのに男は覆面を取ろうとしている。
それはつまり……蘭をここから生きて出すつもりはないということだ。
(そんな、嘘でしょう……?)
蘭は自分の命がこの男の手の中にあり、そしてこの男は自分を生かしておくつもりはないのだと理解し、凍りつく。
まるで時間が停止してしまったかのようにゆっくりと過ぎていく。
そして、男は完全に覆面を脱ぎ捨てていた。
黒い布の下から現れたその顔に蘭は大きく目を見開いた。
涙は一瞬にしてひっこみ、体から震えも消えていく。
「え……」
小さく呟いて、そのまま止まってしまった。
覆面の下から出てきた顔があまりにも綺麗で、カッコよくて、キラキラと輝いて見えた。
呼吸も忘れて男の顔を見つめていると、男は片手にカッターナイフを持って刃先を確認しはじめた。
その動作に蘭は我に返った。
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