流れる言葉を掴まえたい

紫陽花の花びら

第26話 海に行きたい

殺風景な病室で

あなたは殆ど目を瞑っている

脳との関連だって

医者に言われても

あなたは開いてるって言うから

苛々為てくる嫌な妻だ



殺風景な病室で

あなたは私を待ちわびていた

いつもは私の問いかけに

頷くだけなのに

病室に入り声をかけると

あなたは動く右手を珍しく少し上げてくれた

急いで傍に行けば


ねぇ相談がある 

治ったらハワイの海に行きたいと

廻りきらない呂律で言う

見開く瞳に意思が宿る


息子を誘って

行こうと約束すると

珍しく笑うあなた


連れて行きたい

連れて行きたいよ

最早に連れてく算段を始めるも

脳ミソが即座に打ち消して 

思考停止

白々しいぐらいの笑顔が

私を取り込んで行く


悲しみ 辛さ 痛み

歯痒さ 悔しさ 恨み

苦しさ 儚さ 虚しさは 

消えたのか 諦めたのか

もう何も言わないあなた


約束!海に行こう!

行きたいね 海に!

行けるよ絶対!

ひとり嘘を吐き続け

あなたをどんどん現実に引き戻す

馬鹿な私は

そこを痛くて苦しい空間に変えてしまったのだ


帰りの地下鉄ホーム

電車が投げつけてくる轟音に

毒づく女

ただのイカレ女 


海に行きたいねだ? 

違うだろう!

あなたは

ハワイの海に行きたい

って言ったんだよ


ただの海に行きたいなんて

言ってなかった

ああどうだって良いんだよ!

あなたを悲しませた事が

苦しくて 

畜生!

ああなんて酷い妻なんだ……

三十分も面会出来ないのに

行ったってしてあげられる事も 

無くて……水をほんの少し

ゼリー状にして飲ませてあげる


仕事も無理矢理辞させて貰う事にして……

本当の事言えば頭の中ぐちゃぐちゃだよ

ブロジェクトの打ち合わせも

上手くいかず

仕事を終え一時間かけて面会

三十分もいないで帰る

一時間かけて帰る


ただ逢いたくて

ただ傍にいたくて

家に連れて帰る事だけ考える

あなたは私のすべてだった

今頃気づいたのか 馬鹿女


すべて放り出して

あなたと過ごした

四カ月だったけど

あなたは喜んでくれた

私たちも嬉しかったよ

それでも

後悔は残り

悔やんで悔やんで

眠れない事もある


海でも何処でも

ハワイだろうが宇宙だろうが

連れて行きたかったよ!

本当だよ!


あなたと言う支えが

呆気なく消えて

どこもかしこも

歪んで緩んでいく

ちんけな私の脳ミソなんて

カラコロン音だけだ……

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