線路と幽霊
前島矩歩
第1話
ここからそう遠くはない山間の寂れて錆の浮いたプラットフォームで、前月は同期にふるったプラトニック・ラブを片手にぶら下げて、手持ち無沙汰だとホラを吹いていた夏のことだった。上を見れば視界の中央に白けた太陽があって、僕のタンパク質造りの眼は耐えかねて八つに割れるようだった。風なんかは撫でるような慈悲はこれっぽっちもなくて、叩くというような形容がふさわしいくらいのクソったれの夏日和だった。遠くに見える緑が小児科の目に優しい壁みたいな毒々しさがあって、ここにいるだけで息苦しくなるような光景が脳を蝕んでゆく。
こんな光景を飾り立てる道具を既に持っていた私は手荷物のプラトニック・ラブを線路に横たわらせることにした。この間、食事に行ったときの服。赤褐色のワンピースに黒の薄い上着を羽織っていたっけ。流線形を思わせる胴体から小枝のような手足がそこからぼんやりと伸びてくる。子供ほどの長さだった両の手も、いつのまにか白線の上に揺らぐ蜃気楼のような眩しさを放っているじゃないか。しかし、顔のあるはずの箇所だけがぽっかりと宙に浮いて、酸化した油に塗れた石たちがその空間を占めていたことに気づく。手元から離れた彼女の頭はザラザラとそこの手前で消えてしまう。夏の幽霊を見るのにも時間と手間がかかるのだと知った。シルクのような幻を抱えたまま途方に暮れて、駅のベンチにもたれかかった。
駐車場から駅の真下を通る道路を浅葱の車が通り過ぎてゆく。それを見ているうちに、僕は幽霊を見失った。
線路と幽霊 前島矩歩 @kikokuho
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