第5話 真紀

 真紀は下を向くことに慣れているが、その時は顔を上げること自体を恐れていた。

 なぜなら、ここは理科室。教室と違って向かい合わせの席。顔を上げるとクラスの男の子の顔があったから。 

 どこに視線を向ければいいかわからなくて、緊張したまま下を向き続けていた。


 ふと、実験台の傷が目に入った。


 うわ、この席傷だらけ。誰かが鋭い金属のようなもので書き殴ったみたい。


 その傷が文字に見えた気がして、緊張が吹き飛んだ。


 うん? これカタカタに見える。えーっと、『カササギ』。

 これって鵲君の名前かしら?


 ドキンと心の奥が鳴った。


 ま、まさかね。私ったらなんでそんなこと思ったのかしら。


 ノートで隠すようにして、今度は芯の無いシャープペンでなぞる。

 

 やっぱり。筆の入り方とか、抜け方が文字になっているわ。


 習字をやっていたせいか、ついついそんな見方をしてしまう。

 そして確信した。これは明らかに、誰かが鵲を想って書いた文字だと。


 一体誰が? 

 

 羨ましい気持ちと共感が沸き上がる。

 真紀も密かに好意を抱いていたから。


 でも、私みたいなネクラな子、好きじゃないと思う。

 いつも言いたいことが言えなくて自己嫌悪に陥る。こんな自分、嫌い。

 

 だからこの文字に、自分の想いを重ねた。

 

 こんな形でしか伝えられない人が他にもいたんだ……


 考えながら何回もなぞっていたら、文字が削れて鮮やかになってきた。


 ま、まずいわ。先生に怒られちゃう。

 お腹がきゅっと冷えて顔が青くなる。

 

 このままひっそりと、想いも文字も見つかって欲しくないと思った。

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