第6話 ダラセン

「なんだ、おまえら」

 夏美の言葉を聞かなかったことにして歩き出そうとしたら、ダラセンに捕まった。


 四人とも固まったような顔になる。

「こんな傷が」

 夏美の指先を辿ったダラセンの顔に驚きが浮かぶ。 


 叱られるか、問い詰められるか。身構えた聖也の意に反して笑い出した。


「青春あるあるだな。中学は窮屈なところだからな。これくらいの鬱憤晴らしは可愛いと思わねえか」


 その言葉に、みんなの体から力が抜けた。


「おまえらだって感じているだろう。教室狭いなって。窮屈な人間関係。勉強詰め込まれて順位までつけられてさ。ふざけるな。なめるなよって」


 四人は曖昧な笑みを浮かべながら頷いた。


「中学ってのは不思議な時間だと思うんだ。子どもでも大人でも無くて。体の変化も大きくて、心がざわざわして落ち着かなくてさ。それなのに大人はしたり顔で、今頑張らなければ未来は無いかのように言ってくるしな」

「それ凄く嫌で、焦らせないでって思います」

 夏美の言葉に和成も相槌をうつ。

 

「そうだよな。うぜえよな。分っていてもついつい言ってしまうのは、大人がたくさん後悔を抱えているからかもな」

「でも後悔しないようになんて、無理です」

 震える真紀の声に、みんなが驚いて振り向く。


 ダラセンが優しい顔になった。

 

「そうさ。後悔の無い人生は無い。だから恐れる必要も無い。ついでに言うと近道も無い。だからみんなのたうち回っているのさ。この実験台の傷だけじゃない。学校にはそんな足跡そくせきがたくさんあるぞ。トイレの落書きにも教室の壁の凹みにも。先輩たちの苦悩の跡がな」


 一人一人に視線を配る。


「いつか笑い話になるから大丈夫だよ。遠慮せずお前らも刻んでいけ」

 

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