第3話 和成

 和成は一か月前のことを思い出していた。


 退屈な授業。

 眠気に負けて突っ伏した和成は、ぼんやりと実験台に刻まれた傷を見つめていた。

 

 誰だよ。こんなところに傷をつけた奴は。

 学校の備品に傷をつけるなんて、相当フラストレーションたまってんな。こいつ。


 そう思いながら、自分の中にもあるモヤモヤした気持ちと向き合うのが面倒くさくて、早々に目を瞑る。

 サッカー部ではレギュラーになり損ねた。勉強も底辺を彷徨っている。

 顔も普通。話術は頑張っているが、スターにはなれない。当然彼女もいない。

 

 こんななんの取り柄も無い俺が、社会になんか出てやっていかれるのか。

 不安しかない。


 それなのに、周りからの圧をヒシヒシと感じる。


 今のうちにしっかり勉強しろ。

 失敗を恐れるな。視野を広げてどんどんチャレンジしろ。

 仲間と協調するようにと言う一方で自分らしさを探せとか。


 うるさい。うるさい。大きなお世話だ。


 目を瞑っていてもモヤモヤは消えない。

 カッと開いてもう一度傷を見て、ふと気づいた。

 

 これ、『カササギ』って読めるじゃん。


 起き上がって確認する。

 やっぱり。

 

 なんか、いいな。こんなところに名前刻まれるなんてさ。

 誰かが聖也を好きなのかな。


 羨ましい気持ちを押し退けて、強烈な嫉妬心が顔を出した。


 転校生の聖也に一番最初に声をかけたのは和成だ。


 聖也にとって一瞬でも、俺は特別になったはず。


 クラスの中の『One of them中のうちの一人』が、『Only one特別な一人』になったような気持ちを味わえた。

 そのまま聖也とつるむことにする。


 クラスの中で一緒にいられる仲間がいることは、心に平穏をもたらすものだ。

 だが、一緒にいる相手が自分よりも出来がいいと劣等感に苛まれることになる。

 

 おとなしいけれど聡明な聖也。

 好きだけれど悔しくなる。


 だから、この傷にも嫉妬した。



 


 

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