第2話 私立星弥美学園の実態

今日も今日とて周りに良く思われようと偽りの仮面を被った少年少女がやってきた。


彼らは人の前だけ忠犬を演じる賢い人間だ。常に笑みを絶やさず叡智は隠さない。褒められることを己の生きがいと信じていかなるときも親の期待に応えてきた。

 

ときにはおべっかを使って機嫌を取り、自分の不利益な情報には嘘を混ぜて正当化させる。見破れない愛想を存分に振りまいて、空気を読んで相槌を打つ。それが彼らの周りから良く思われるための常套手段であり、評価のためならその手段も選ばなかった。

 

それを見てさすがは我が家の子供だ、と哄笑するのだから親という存在は多分バカなのだろう。

 

そんなバカに利用され自己犠牲を払わなければいけない現状。

 

当然、性格はひん曲がる。

 

常に人の目を気にして生きるということははっきり言ってストレスだ。嫌なことを嫌と言えず、面白くもないことにも面白いと言わなければならないことに、すさまじく苦痛でこの上ない不快感を覚えるのは正常な感覚だろう。

 

だから彼らは気づいてほしかった、自分の本心を。

ひけらかしかたかった、個性を。

 

そして考える。この溜まりに溜まったストレスをどう発散すればいいのかと。

 

行き場のなかった醜い感情は、私立星弥美学園の校門をくぐった瞬間に露呈する。


 

私立星弥美学園(しりつほしやみがくえん)

 

それは上流階級の家柄をもつ息子や令嬢ばかりが通う、日本有数の進学校のことである。

 

敷地の広さは日本一。まるで娯楽施設かと思わせる快適な設備。音楽堂や図書館、広大なグランドはもちろん競泳用プールやジム、温泉まで完備されている。

 

警備システムも抜群、教師は全国から集められたえりすぐりのエリートであり、そんな快適な空間で高校生活を謳歌するのは、成績優秀、スポーツ万能、才色兼備の三拍子が揃った上流階級の肩書に恥じない生徒である。

 

みんな気品高く、近づきがたい特別なオーラをまとっている。余裕な笑みと、軽快な足取りから快活な学園生活を過ごしているのだろう。

 

――それが、僕こと小野寺裕也(おのでらゆうや)が最初に抱いたイメージだった。

 

僕もあの学園に通いたい!と当然のことのようにそう思った。

 

この学園では毎年四十人、一般生徒として庶民の入学者を集っている。高倍率、偏差値は七十を超えるハードモードであることから最難関と呼び声も高い。

 

しかし憧れの学園に入学するためにと、中学三年間すべてを勉強に費やしなんとかギリギリで合格を勝ち取った、わけだけど。

 

想像とは違った。

 

まぁ実際通ってみたらそうでもなかったとかよくある話だよね、とは全く違う次元。

 

なぜなら、この学園は腐っていたからだ。

何が?『人』が。


「……」


僕は目の前で繰り広げられている光景を呆然と眺めていた。

 

今いる場所は校舎近くにある庭だ。昼休みになると多くの生徒でにぎわう人気スポットでもある。

 

そこで行われているのは、まさに阿鼻叫喚というやつだった。


「お前らって犬の格好で小便するんだろ?ちょっとやってみろよ」


「うぅっ……ひっく……」


「何泣いんてんだよ。ほれ、早くしろよ」

 

「も、もう許してぇ……こんなことしたくないぃ!」

 

一人の男子生徒が、先輩と思われる三人の生徒に取り囲まれていた。

 

男子生徒はまるで犬のような格好で、パンツ一枚で四つん這い。更にはリードも繋がれ好奇の視線にさらされていた。

 

嘆く声は三人には届かず、好奇心と全く罪悪感のない衝動が彼らを掻き立てる。

 

茶髪の生徒が髪を掴み。


「いいから早くやれって言ってんの。一般生徒のくせに、歯向かってんじゃねぇよ」


「ひぃいいい………」

 

まるで地獄の底のような光景だった。

しかしこれが学園での日常茶飯事なのだ。

 

見渡せば、ある者は一方的に殴られ蹴られ、またある者は罵倒され軽蔑される。それを面白おかしく笑い立てる聴衆。

 

入学するまでは全く気が付かなかった、私立星弥美学園の実態。

上流階級の、僕ら一般生徒に対する差別があることを。


「……ごめん」


僕は逃げるように校舎の中へと駆け入った。

 もし標的にされれば、そう思うと恐怖で仕方なかったのだ。

 

もはや夢描いていた高校生活は学園には存在しない。搾取する者とされる者の、される者はもう、どうすることもできないのだ。



  *



そもそもなぜこのような状況が起きているのか、理由は既にはっきりとしている。

 

単純に一般生徒が邪魔だから、とかお前らみたいな気品のないやつが高尚な学園に通ってるんじゃねえよ、とか暴言の一環で聞くことは多いが、根幹は全く話が変わってくるのである。


「はぁ……」

 

疲れと安堵からため息をついた僕は自分の教室へと向かった。重い足取り、沈んだ面持ち。今すぐにでも、帰りたいとすら思う。


ただ仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれない。

この学園では権力こそがカーストを決める。つまり父親の経済力と母親の社交性がそのまま生徒の身分に直結するのだ。

 

故に上流階級と一般生徒では埋めきれない明確な格差が生じる。

 

そんなもん入学するときには全く知らなかったぞ!と抗議してももう遅い。知らなかったお前が悪いの一言で淘汰されるのは目に見えている。

だから我慢して過ごすしかないのだ。


学園側は多額の寄付金と設備投資を受けているせいかこの現状に見向きもしないし、先生もわざわざ火中に飛び込むほど馬鹿ではない。転校などを一度考えてみたが学園の評判が下がるやらなんやらでまともに相手をしてくれないし、いつしか止まりをしらない差別は一般生徒を馬小屋のように汚い校舎へと移動させ満足に設備も授業も受けられないまま毎日彼らの欲求に振り回される。そんな、一般生徒への不遇。

 

いつしか正義感の強いやつが、もううんざりだと声を上げた。しかしよく考えてみてほしい。豆鉄砲で戦車に敵うだろうか。うん、無理だ。そいつの机は翌日なくなった。つまりはそういうことだ。

 

差別とも、虐めとも呼べる上流階級たちの横行はもう誰にも止められない。ここまで詳細に話せば誰だってそう思うだろう。僕だって諦めた。

 

ずっとそうだったさ。あの噂を聞くまでは。


「……裏生徒会?なんだよ、それ」

 

席に着くと、待ち構えていたかのように友達の多田(ただ)が話しかけてきた。いつもに比べてその瞳には輝きが宿っており、少し不気味にすら思える。


「知らねえのか?最近噂になってるんだぜ」

 

今朝上流階級の連中に殴られでもしたのか、絆創膏を貼った鼻を擦り自信ありげに多田は語る。


「なんでも一般生徒のために活動する少し変わった組織らしい。ある話によれば、満月の輝く夜学園の屋上で願いを言うとなんでも叶えてくれるみたいなんだ!」


好奇心と希望に満ちた最高の表情で多田は僕を見つめた。

 

対する僕はどうだっただろう。多分、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたと思う。


「……何を言い出したかと思えば」


「まぁ最後まで聞けって。実はさっきの話には続きがあるんだ」

 

僕の反応など気にも留めず多田は続ける。 


「どうやらこの前、『お金が欲しい』と願った奴がいたんだけどよ、そしたら本当に金をくれたんだ!しかも結構な額!」

 

興奮して話す友人を前に僕は頭が痛くなった。


「そんなの嘘に決まってるだろ」


「いや、俺はこの噂を信じるね。もしかしたら俺の願いだって叶えてくれるかもしれない。もうこんなクソみたいな学園で毎日差別されるのは御免だぜ」


「……馬鹿馬鹿しいや」 

 

そう言って僕は半ば投げやるようにこの話から身を引いた。

確かに多田の言う通りこんな非現実的な話を一笑に付すことができないほどに、僕らの学園生活は逼迫している。

 

だから裏生徒会が一般生徒のために願いを叶えてくれる。そんな噂が出回るのも無理はないだろう。そして、それを信じてしまうのも。

 

そもそも裏生徒会ってなんだ?その奇妙なフレーズと悪の組織のようなニュアンスを感じさせる言葉は。

 

活動実績を知らない。誰が運営しているのかも、何を目的として一般生徒のために、などと言っているのかも皆目見当がつかない。満月の夜に学園の屋上で願いを言うと叶えてくれるらしいが、なんかありきたりで尚更信憑性に欠ける。だから僕は多田の言うことに納得ができなかった。

 

僕ももう高校生だ。こんな妄想じみたお伽噺、信じる方が間違っている。

 

差別を受け毎日苦痛の日々を過ごす僕らに余計な期待を抱かせないでほしい。と、僕はふとクラスの窓の、遠い空を眺めた。


――でも、どうせならこんな生活からは脱却したいと思っている。

 

うん、この学園に入学してから三か月、僕はずっと思っているんだ。

どうやったら誰もが過ごしやすいと思える学園になるんだろうと。

 

最早僕一人の力では輪廻転生から抜け出すほど無理な話だと思っていたけどもしかしたら。

 

藁をもすがる思いというのは、正にこのことを言うんだと思う。


「なんだよお前。やっぱり信じてないな?」


「信じるも何も、噂にしては都合がよすぎるからね」


「そうだけどよ……」


「でも」


多分、僕も口では否定しつつも、どこかやっぱり存在を信じたいと思っていたんだろう。


「どうせなら、裏生徒会が存在するかどうかは確かめてみたい」


窓の外を見下ろすと、そこでは一般生徒が上流階級の生徒に好きなように扱われている。目を瞑りたくなるような惨劇。しかし、これが学園での当たり前の光景だ。

 

僕は改めてこの環境が異常であることを認識すると、今や腐りきってしまった学園を変えたいと願うのは僕たちだけじゃないのかもしれない、なぜかそんな風に感じたのだった。

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