4-2 ラピスの服

「ここです。私の服を作ってくださった店です」


 店は周りと変わらず、レンガでできている。店の看板には、シックファッションと書かれている。両開きのドアを開けて店の中に入ると、客が来たのを知らせるベルが鳴った。店はそこまで広くないように見えるが、奥には服を仕立てるための設備があった。客の入るスペースにはマネキンに服を着せたものが並んでいた。この店の服は黒を基調とした、ゴシックな雰囲気の物だった。ラピスのメイド服と似ている服も、マネキンの一体が来ていた。


 二人が入ると、奥から人が出てきた。虹色のリボンがまかれた白い小さなハットを頭にちょこんと乗せている女性だ。服装も黒を基調としていた。黒い唇や青白い肌が、少し不気味に感じる。内側が透けて見える少しセクシーな黒い布を纏い、その中には控えめなフリルが胸の辺りにあしらわれた服を着ている。スカート部分はサラサラしていそうなもので彼女が動く度に、風に揺れる草のような揺れ方をしていた。その格好は周りのマネキンに馴染むような恰好であるのがすぐわかり、その店の店主だと理解できた。彼女の格好にはそう言った意図も含まれているのかもしれない。


 店主はラピスに気が付くと、ニコリと笑った。今までのミステリアスで不気味な雰囲気はなくなる。むしろ、人から好かれるような穏やかな雰囲気すら感じていた。


「あら、久しぶり。ラピスラズリ」


「こんにちは。服の仕立てを頼みたいのですが、可能でしょうか」


「ええ、もちろんよ。それで、またその服でいいのかしら。今度は何をして破けたの?」


「いえ、私の物ではなく、この方の服を仕立てていただきたいのです。彼女はサクラ。この町に来たばかりで、今着ている服しかないそうなので、新しいものを仕立てたいと言っていたので、貴女に作っていただこうかと思い、連れてきました」


「へぇ、友達?」


 ラピスは淡々と話していたが、その問いには答えられなかった。彼女にはそう言う物もわからない。他人との関係など考えたこともない。マスターはマスターであり、それ以外との関係に名前はないと思っているのだ。もちろん、事実だけを伝えるなら、隣人と言うことになるが、その事実と友達はイコールではない。今はお世話係と言うのも追加されているのかもしれないが、それをただ言うというのになぜか抵抗があった。友達と言うのは憚られるが、事実だけの関係でもないのだが、ラピスはそれを理解するだけの体験を今はまだしていないのだ。


「少し意地悪な質問だったかしら。とりあえず、寸法を測るから、こっちに来てもらえるかしら」


 思考停止しているラピスを放って、店主はサクラを呼んだ。サクラはラピスが少し心配だったが、すぐに復帰するだろうと思って、店主の元に寄っていった。


 小声で話せば、ラピスには聞こえない程度の距離で、彼女は体に巻き尺を当てられて体を計られていた。メモリは自分でも見える位置にあるため、その数字を見ていたが、かなり小さくなっている。元々胸は大きい方ではなかったが、もはや外から見えれば全くないとみられるかもしれない程だ。胴回りは細くなっているのには少し安堵を覚えていた。背丈もかなり縮んでいた。まぁ、視界の高さが全然違うのでわかっていたことだが、数字でわかるとより実感できた。


「はい、終わり。どんな服が良い? マネキンに着せているような服でなくとも作れるから、なんでも言ってみて」


「そうですね。可愛い服を着たいです。私に似合うような」


「可愛い服、ね。三着くらい作っていく? それしか服がないのは、大変でしょう」


 服を作る店ではあるが、商人でもあるのだろう。他の店で買われるよりは、自分の店で狩ってほしいということなのだろう。サクラはそう考えていたが、少し違った。この店主は目の前のかわいい娘を見て、いくつか似合うデザインの服を思いついてしまったのだ。そのうちの、彼女のかわいさを引き出す三着を着てほしいと思っているのだ。


「ああ、でも」


 サクラは何かを言おうとした瞬間、彼女の話を聞く前に店主が言葉を上書きしてしまった。


「お代は、そうね、一着三千イン。三着で九千インだけど、貴女はかわいいから、七千インでいいわ。貴女のかわいさを引き出す服を着てほしいのよ、どうしても」


 結局、サクラは店主の圧に負けて、三着の服を購入すると約束してしまった。商談がまとまると、それはそうと、と店主が話を変えた。


「貴女は、ラピスラズリの友達なの?」


「それは、わかりません。私は仲良くなるために、ずっと一緒にいるんですけどね。自分には心がないみたいな振る舞いをするので、どうしたらいいかと思っています。でも、私は諦めません。ラピスはきっと、他人ひととの関わりが少ないだけなんです」


 サクラはまだ止まったままのラピスを見て、そう言った。店主は彼女の瞳には綺麗な意志が見えていた。太陽のような力強さはない。だからこそ、ラピスの友となれる気がしていた。


「そう。困ったことが会ったら、私も力になるわ。どこまで力になれるか、わからないけどね」


 彼女の言葉にサクラは頷きながらお礼を言った。


 その後、ラピスを肩を叩いて、意識を現実に戻して、店を後にした。

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