ミラクルガールは星の力を借りて

bittergrass

1 ミラクルガール サクラ

1-1 サクラの日常

 レンガ調の建物ばかりの町の中、一人の少女が町の中を歩いていた。セミロングの桃色の髪が歩くたびにさらさらと揺れる。前髪は整った眉に沿って切りそろえられている。たれ目に収まる瞳は大きく髪と同じ桃色だ。体は病的なほどではないもののかなり細目で、筋肉もあまりないように見える。背丈は百五十センチないくらいで、全体的にかなり幼く見える。一人で生活しているようには見えないだろう。しかし、彼女はこの町で一人で生活し始めて、既に一か月ほど経っているのだ。つまりは、この町に来た時点で一人だったのだ。


 生活は一人でも、この町で友となった人達が彼女を助けていた。この町の食材を売っている店の店主は彼女に可愛いからサービスだと言って、支払った値段以上に食材を渡したり、他の店でも同じような扱いを受けている。もちろん、彼女もその人たちを助けている。それが無くとも、彼女は困っている人を助けないという選択肢はない。彼女が困っていると思えば、おせっかいと思われても、人を助けてしまうのだ。それはきっと、周りから見れば病気の域だろう。彼女は困っている人を見て見ぬふりをすると、それが後悔になり不眠症になってしまうのだ。その後悔は人を助けることで徐々に解消されていくものの、一度その症状にかかってしまうと、辛いのは間違いない。


 そんな彼女は今、一軒のカフェに来ていた。彼女の行きつけである。


「いらっしゃい。サクラさん」


「こんにちは、カイトさん」


 店の名前はウェットブルー。魚料理と紅茶とコーヒーが主流の店だ。一応、酒類の提供もしているが、彼女は酒類は飲まない。


「砂糖多めのコーヒーでいい?」


「はい。ミルクもお願いします!」


 マスターはマグカップを吹きながら、彼女にそう訊いた。彼女は元気よく返事をして、それを彼は微笑ましくみていた。この町に来てから、すぐにこの店で料理を食べさせてもらっていこう、この店にはほとんど毎日通っている。特に昼食後にここで甘いコーヒーを飲むのが彼女の日課になっている。たまに外せない用事があるときは時間がずれるがこの店に来ることは多い。そのため、マスターと仲良くなるのに時間はかからなかったようだ。




「ちょっと、いきなり、やめて!」


 彼女が出てきたコーヒーを啜っていると、外から女性の叫び声が聞こえてきた。彼女は気になって、マスターに断ってからまだ少し熱いコーヒーを流し込んで、店を出た。この町の町民は大抵の人が優しい人ではあるのだが、この町はあまり治安がいいとは言えない。この町の人が悪いというわけではないのだ。未だ、目的はわからないが、この町を狙う者たちがいる。今回の女性の叫び声も、原因はその者たちだった。


「やめなさい! 人の嫌がることはしない! 常識でしょ!」


 サクラは女性の手を掴んでいる肌の露出の多い女性の前に立つ。彼女たちはサクラの方を見た。見た目が幼いせいで、二人とも彼女がこの場をどうにかできるとはおもっていない。


「嬢ちゃんに何が出来るのかな。怪我しないうちに離れなさいな」


「そうよ。助けたいと思うのは嬉しいわ。怪我する前に逃げて、人を呼んできて」


 彼女も自分の見た目が幼いことくらいは理解している。それを気にしてはいない。なぜなら、まだまだ成長する伸びしろがあるからだ。彼女はまだ十四歳なのだ。


「いえ、私が貴方を助けますから。少しだけ見ていてください!」


 二人とも、子供に何ができるのかと言わんばかりの表情だ。それも承知の上、彼女には特別な力があるのだ。彼女はポケットに手を入れて、鍵を取り出した。その鍵は特別な形をしているわけではない。角を削った四角形の一辺に棒が付いて、その棒にの先の方に細い棒が三本ついているだけだ。四角形の部分にはアルファベットの小文字のエムの先端がくるんと輪っかを作っているような文字が入っていた。彼女はその鍵を自分の目の前に持ってきて、こくりと頷いた。それから、彼女はその鍵を自分の心臓がある辺りに先端を向けた。


「チェンジ! ミラクルガールガール! コール ヴァルゴ!」


 その言葉と同時に、鍵を胸に刺し、右に捻る。その瞬間、彼女の体がキラキラとした光に包まれる。そして、その光が彼女の体を包んだ。光は彼女の手足と、胴体にまとまる。そして、それぞれの部位を包むように形を作った。足は二センチほどのヒール。足を止めるのは桜色のリボンだ。足の甲の辺りで、小さく結んである。手には白色の手袋になり、その手首を一周するように巻かれる。服の部分は桃色で上下一体。下半身を包むのは三段になったスカート。一段ずつ、裾の部分にはフリルが装飾されている。上半身は腹部を一周する赤いリボンが軽く巻かれている。そのリボンの先端は彼女の腰の辺りから自由になっていた。そして、両肩には天使の羽をデフォルメしたようなデザインで、胸の辺りには大きな赤いリボンがくっついていて、真ん中には真っ赤な透き通る丸い宝石がある。仕上げに前髪に鍵に描かれていたエムのマークが装飾された髪留めが着けば、変身完了だ。


「さぁ、これで少しは頼ってくれますか」


 彼女を包んでいた光が消え、そこにいたのはキラキラした衣装に身を包んだサクラだった。

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