九杯目 利休の大計。

「千という姓はどうも利休が晩年になってから自称したもののようだね」


 改姓するには、それなりの意味がある。祖父の「千阿弥せんあみ」という名から千の一文字を取ったという説もあるが、雅号や法名の一文字にするというなら分かるが、苗字にするというのはどうか。先祖を敬うなら元の田中という姓をそのまま使うのが筋である。

 たとえば土師氏から改姓した菅原家はどうか。「菅原」という土地に居住していたのでそれを氏の名にしたいと桓武天皇に請願したという。そんなに簡単に姓を替えるものだろうか? 付ける方にしても気が引けよう。

 「すげ」は笠や枕の材料となって人々の生活を支える草だが、どこにでも生えている。地下茎を張って、広がっていくのだ。それはあたかも天に延びる「藤」と対極を為すように。天を蔽う藤原を抑えるのは、地に広がる菅原。天皇家の治世と民草の安寧を守る抑止力たらんとして望んだ姓ではないか。

 菅原氏が住んでいたから地名が菅原になったと考える方が、ずっともっともらしい。


 付け加えるなら利休が土師氏の裔と考えると、「楽焼」を創始したことも頷ける。焼き物も土師氏のお家芸ではないか。

「お馴染みの状況証拠だがね。京都の晴明神社敷地内に千利休屋敷跡の碑が残っている。聚楽第を立てたときに秀吉が住まわせた場所さ」

「本邦最強陰陽師安倍晴明先生か。伝説を紐解けば、土師氏の一族と考えるべきだろうね。その晴明所縁の地に住めというのは意図があるだろう。仮にそうだとしよう。利休が土師氏だとすると、単なる儲けのために硝石を作らせるのは腑に落ちないな」

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