二杯目 できますものは火薬でございます。

 五箇山って文化遺産だったかって? やだな、先生。確か一九九五年に「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として登録されてるよ。

 白川郷のイメージの方が強いよね。五箇山は富山県、白川郷は岐阜県所在で、お互いに二十キロくらい離れてるね。

 五箇山の方が戸数が少なくて秘境感があるかな。かつては流刑地だったとか、平家の落人が住み着いたとかの言い伝えもある。

 白川郷は観光化が進んでいる感じ? 合掌造りがきれいでさ。雪なんか積もったら、山里の風情がね。日本の原風景って感じだよね。囲炉裏端で昔話が聞こえてくるさ?

 別に秘密じゃないよ。五箇山でも白川郷でも、ホームページに書いてある。「養蚕」と「硝石」さ。作物もろくに取れない山里で、この二つが暮らしを支えてたんだ。

 「おかいこ様」は知ってるって? そうだよね。合掌造りは屋根勾配が急だろ? 二階の空間が広く取れるんだよね。そこで蚕を飼ってさ。

 でも蚕ってのは春から夏にかけてしか飼えないんだそうだ。暑さ寒さに弱くて、餌も桑の葉がないとね。そうすると、一年の暮らしを支えるには頼りない。

 そこで、「硝石」な訳だけどね。そんなこと言ったら全国の田舎で硝石作りをしている筈で。そこに秘密があったのよ。ここだけのね。


 硝石、あるいは煙硝ともいう。黒色火薬の原料であった。

 黒色火薬は硝石の他、木炭と硫黄を混合して作られる。羅針盤、紙、印刷術と共に古代中国の発明品である。


「俺としては、紙を人類発明品のベストワンに推したいけどね」

「先生的にはそうなるかね?」

「もし紙が無かったら学問は発達せず、歴史も残せなかったろう」

 人類はちょっと器用な動物で終わっていたかもしれない。

「先生が食いっぱぐれていたのは間違いないね」

「ほっとけ!」


 紙がなければどれほど優れた発明、発見であっても記録ができない。記録ができなければ、体系化ができない。体系化なくして近代科学の発達は不可能だ。


「グーテンベルグの活版印刷術を高く評価する見方もあるがね。質を取るか、量を取るかの違いかな」

「先生は質を追いかけるタイプってことね」

「質があってこその量だろう?」

「分かるけどね」

 須佐は生ビールを飲み干して焼酎とホッピーを頼んだ。

「ナカと白」


「で? 何故五箇山と白川郷だけが硝石の産地になれたんだ?」

「へへ。オレはこう見えて現実主義者なの知ってる?」

「ロマンチストには見えないんだが」

「歴史ってのは人が生きてきた足跡だろ?」

「それはそうだろう」

「今も昔も食えなきゃ生きられないって話」

「当たり前だな」

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