コウモリになるとはどのようなことか What a bloody answer ! 【サクッと読める読切版】
〆野々青魚-Shimenono Aouo
コウモリになるとは・上(総集編)
生き物には2種類のタイプがある、と
それは 群れを作る種の生き物と、作らない種の生き物である。
佳穂は当然、後者である。
一匹オオカミ――――などという上等なものではない。
集団の中にいると落ち着かない。
人前に立たされようものなら、固まってしまって動けない。
そんな調子だから、佳穂はいつも一人で行動している。
好んで一人になっているのだから、やっぱり、一匹オオカミではないのか?――違う。
断じてそうではない。そもそも一匹オオカミとは何かをやらかして、群れからはじき出されたオオカミなのだそうだ。
だから、一匹オオカミはいつも不安で仕方がない。やはりオオカミは群れで行動する生き物なのだ。
一人でいることが落ち着くのだから、佳穂は群れを作らない生き物で間違いない。
「どうして、こうなっちゃったんだろう……」
山下埠頭、橋の下の茂み。人待ちをしながら佳穂はため息をついた。
茂みの中は暗い。今日、入学式を終えたばかりの高校生がこんな場所に隠れている。普通なら考えられない事だろう。普通なら。
確かに今の佳穂の格好は「普通」からは少し外れている。
色こそ白黒のモノトーンだが、袖のないトップスに、短いスカート、オーバーニーソ。ジャラジャラとしたチェーンもたくさん付いている。まるでパンクロッカーだ。
佳穂はもう一度ため息をついた。
こんなに短いスカートを穿いたのは生まれて初めてじゃないだろうか。オーバーニーソも自分の柄じゃない。
だが、佳穂のため息はこのコーデが一番の原因なのではない。
茂みの外では、水銀燈が埠頭を煌々と照らしている。佳穂はその灯りに、ため息の本当の元凶を翳してみた。
両の手首に大きな掌を想像し、その指に力を入れていく。
……伝えるのがもどかしい。ちょうど、そう――傘を開く、みたいな。
薄く、軽やかに広がっていく、それ。
普通の高校生には間違いなく付いていない、それ。
はたはたと、水銀燈の周りを飛ぶのにふさわしい、それ。
いくつもの円弧が集まって形作られる漆黒の花びら。
そう、コウモリの翼だ。
翼だけではない。頭の上には大きな黒いリボンのような耳もある。
どうしてこうなってしまったのか――――。
それは、つい昨日の事だった。
海外赴任へ送り出した祖母からの課題、「おしゃれしなさい」。
人付き合いと目立つ事が苦手。前髪で瞳を隠すメカクレ。グレーのタートルネックしか着ない――コウモリ嫌いにも関わらず「見た目がコウモリ」な佳穂にとって、その課題はあまりにも難しいものだった。
念願である「一人暮らし」と「高校入学」を盾に取られ、どうしてもおしゃれをしなくてはならなくなった佳穂。
途方に暮れた佳穂の目の前に、空から一枚のチラシが舞い落ちてきた。
チラシに導かれ、佳穂が向かったのは
佳穂は、そこで特別な「
誰でも変われる――魔法のような提案。だが、それを前に佳穂は怖気付いてしまう。一旦は逃げだそうとした佳穂だったが、その場に居合わせた便利屋・
佳穂は気を失い、便利屋・水尾の車で夕日の照らす横浜山手の自宅に帰ってくる。
日没。残光が山手の崖に消える。
突然、佳穂の視界の中で、何かが輝き始めた。
――春の風
――車のアイドリング
――佳穂と便利屋の鼓動
音だ。音が光っている。
なぜそう思えたのか、自分でもわからない。
だが、全ての音が、反射し、回折しながら輝いている。
佳穂にはそう思えた。
「……っ!」
突然、頭を揺さぶられるような感覚がした。
「おい? どうかしたのか!」
その様子を見て、便利屋が車から飛び出した。
「って――うわあっ!」
近づく者を排除するかのように、音と光が佳穂を包み込んだ。
(な、なに……これ?)
音と光の洪水。まるで真鍮色の闇だ。
その中にあったもの。
それは、光の渦の中心に開く漆黒の花――佳穂自身の姿だった。
光の闇が晴れる。
衝撃で尻餅をついていた便利屋が声を上げた。
「なんなんだよ、これは!?」
その途端、便利屋の上げた声が水色の光を放って輝いた。
曇天から落ちる雨粒を思わせる光が、佳穂の視界いっぱいに満ち溢れる。
今までに感じたことがない不思議な感覚。佳穂は、思わず声を上げた。
「きゃ……っ!?」
今度は自分の声が、金管楽器の真鍮ような光を放って輝いた。
頭がクラクラする。佳穂はバランスを崩してよろめいた。
バサッ!
その途端――身体を支えようと伸ばした腕から、何かが大きくひらめいた。
「な、な、なに、これ?!」
それは、誰の目にもそれとわかる色と形をしていた。
「便利屋……さん」
「な、なんだよ……」
目の前のものが信じられないという表情の便利屋が返す。
「私、いったいどう見えます……?」
「どう、って……。コウモリ……ねえちゃん」
――想像通りの返答だった。
見た目だけでなく、能力までもコウモリとなってしまった佳穂。
佳穂は仕立て屋・ランカスターに嵌められた便利屋・水尾を運転手として雇うことになり、契約書の付帯条件である『
鳥獣祭礼とは、日没からの一定時間、
公園に逃げ込んだ佳穂の目の前に、バイクが降ってきた。
「隠れてもムダ!」
「ひえええええっ!」
佳穂は、全速力で逃げ出した。
僅かに先手が取れた。木々の間を縫うように走り、公園の出口へ向かう。
「逃すか!」
背後の女が叫ぶと同時に、まばゆい緋色の光が木立に走った。
(何……!?)
佳穂は走りながら振り返った。緋色の光の中心に、バイクの女が立っていた。
その背中には白い翼が輝いている。
(鳥の――翼!?)
「奥の手、出してやらぁ! 覚悟しろぉ!」
女が叫び、翼が打ち振るわれる。
「きゃああっ!」
突風が吹いた。熱気をはらんだ風が佳穂を吹き飛ばす。
落ちれば只では済まないだろう。佳穂は必死に空中でもがいた。
(落ち──たくない!)
強く願った。
その時だ、『落ちる』という選択しかなかった佳穂に、全く別の選択肢が閃いた。
佳穂は迷わずそれを選んだ。
地面に激突寸前だった体がフワリと持ち上がる。佳穂はコウモリの翼で飛びあがった。
「ひゃあ……!?」
地上数メートル。高い。高い、高い。
(なななな、何をしたの!? 私!?)
自分がやったことが理解できず、思わず腕が停まってしまう。すぐに地面が迫ってくる。
「ひーっ!」
佳穂はあわてて、腕を動かした。掌で風をつかみ、打ち下ろす。
飛べている。浮かんでいる。
(だ、だけど、怖い――!!)
飛べたものの、この後どうしたらいいのかがわからない。
「クソったれ! 飛びやがった!!!」
バイクの女は悔しそうに叫ぶと、渾身の力を込めて翼を振った。
「墜ちやがれっ!」
突風が再び佳穂を襲う。
「きゃああっ!!!」
開いた翼に突風をまともに受け、佳穂はきりもみしながら吹き飛ばされた。
佳穂は、バイクと車で追撃してきた
1日目の逃走劇の最中に自宅を追い出され、散々な入学初日を迎えた佳穂は、同じ中学出身で元委員長の
晴天の霹靂の提案を佳穂は辞退するが、犬上家に彼女自身の過去に関わる重大な事実を発見し、犬上家への避難を承諾する。
そして、2日目の夜。
佳穂は、背水の陣で臨んできた瀬々理によって窮地に立たされる。
「ハ! そのまんまじゃねえか! 逆さコウモリ!」
輝く翼を閃かしながら、鶏禽の女が八艘飛びで近づいてくる。
「終わりだな。飛べることが絶対有利ってわけじゃねえ! 証明してやったぞ!」
逃げ切れなかった──。
万事休す、だ。自分自身すら変えられない、惨めなコウモリ。それが自分なんだ。悔しくて涙が滲んでくる。
だが――
その時、船溜まりに風が吹いた。
風は輝く、草原をざわつかせる緑の光を放ちながら。
風は係留された船の間を一気に駆け抜け、ヨットの舳先に降り立った。
風は――少年の姿をしていた。
「生きてるか? コウモリ!」
佳穂を捉えた網を斬り裂いたその少年は、佳穂のよく知っている顔をしていた。
――い、犬上くん?!
佳穂は叫びそうになった口を両手で塞いだ。
疑問形なのには訳があった。その頭の上に、獣の耳があったからだ。
佳穂を助けた犬上は、オオカミの力を持つ追撃者だった。
だが、その目的はコウモリを単純に捕まえることではなかった。
コウモリの近くにいれば、彼女を捕まえに来る他の追撃者と戦える。そうして自身の強さを証明する――それが彼の目的なのだという。
どうやら、犬上はコウモリの正体に気が付いていないようだ。
(絶対、知られたくない……)
佳穂は逃走の最中、便利屋・水尾の元に向かい、自分の正体を隠せるものを用意してもらうよう依頼する。
そして――。
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