第2話 どうしようもない自分に祝福を
放課後になると、部活に勤しむ者であったり帰宅する者、バイトする者など各々が自分の為に何か費やす時間だ。隼人は一人部室に向かうとそこには、陸上部と書かれていた。ドアをあけると誰一人としていない、人気などない空間だ。
陸上部は隼人ただ一人だけだ。元々、陸上部は我が校の中でもそこまでレベルが高い訳ではなく、隼人が入った時には部員は5人しかいなかった。また、去年先輩方が卒業したことによって陸上部は隼人だけとなってしまったのだ。そして昨今入部率の低下に伴い、陸上部も隼人が卒業と同時に廃部になるとのこと。そして、空いた部室を他の部活に明け渡すのだとか。
運動着に着替えると、制服の上からは想像もつかないような体がそこにあった。体脂肪を感じさせない引き締まったメリハリのある体で、特に手足が長い事からいかにも陸上選手と言った感じの体型だ。
アップを済ませると、顧問の先生からは渡されたメニューをもとに走り込みを開始しする。メニューは、種目数は事態は少ないが如何せん時間がかかるもばかりだ。
...400mのインターバル30本なんてまじかよ...
嫌だな~、そう思いつつ練習に勤しむ。種目は、100mと400mをやっているため、基本的に走り込みなどがメインのメニューが多い。
7月の末には、高校生活最後の大会がある。そこに向けて、自分の体もっと仕上げておかなければならないのだ。
隼人は書かれた通りメニューを始めた。周りからの視線を感じつつも気にせずに走り続ける。
1人でグラウンドを走るのも、恥ずかしさと寂しさから、最初はためらったものの今ではすっかり慣れてしまった。
途中、気持ち悪くなることはあるが何とか耐え抜きやり抜くことができた。
「僕、よくこの練習に慣れたよな~」
この3年間を通して成長を振り返ると、自分はここまだよくやってきたものだと思う。自分を褒めたいものだ。
練習が終わると時刻も19時を過ぎていた。隼人は急いで部室に戻り荷造りをする。
「しまった。ノート忘れた」
あちゃ~、と言わんばかりに頭に手をポンと当てる。宿題で使用するノートを教室において来てしまったのだ。。隼人は、急いで教室に向かった。幸い玄関のドアがまだ施錠されていない。
...よっしゃ!...
そう心の中でガッツポーズした。
教室に行きノートを机から取り出す。
「ま~た、同じことやっちまったな~」
物忘れが多い分確認を怠らないように注意していたのだが、まだまだ意識が足りないと改めて痛感する。
駆け足で部室に戻ると、ドアの前に誰かいることに気が付いた。なんとそこには、出来すぎた幼馴染こと神薙歩美がそこにいるでなはいか。
向こうもこちらに気づいたのか手を振った。
「来ちゃった」
隼人は、内心戸惑った。
...マジかよ...
「ど、どうしたの?」
「一緒に帰ろりたいな~って思ってさ」
久々に会話しただけあって、多少緊張してしまう。そして何より、隼人にとってクラスの立ち位置的にあってい良い人ではない。
「構わないけど」
流石に美少女だけあって男の嵯峨には勝てず素直に了承してしまった。
隼人は荷造りをすると、鍵を閉めて彼女の下へ向かう。
「行こう」
「うん」
歩美はにこやかに答えた。夕方にもかかわらずその笑顔が周りを照らかのように感じ、うっ!と目を覆い隠してしまう。
二人はそのまま、自転車に乗ると学校を後にしたのだった。
ただ一人の視線を除いて。
――――――――――――――――――――――
真っ暗な闇の中に、常夜灯のような明かりが幾つも並んでいる。そんな世界を賑やかにするようにカエル達の鳴き声が鳴り響く中、二人は現在大きな橋の上を走っていた。
横から心地の良い風が、柑橘系の甘い香りを運んでくる。
「この道、通るの久々~」
「今住んでるところはここから反対方向にあるんでしょ」
「うん、学校からはとっても近いんだよ」
「そっか~」
「・・・」
「・・・」
...駄目だ会話が思いつかない...
普段話し慣れていないこともあってか、会話が続かないことに焦る。何とか内容を絞り出そうとするも、浮かんでくるのは自分の趣味の事ばかりだ。この気まずい間を抜け出そうと頭から話題を探る。
そんな状態で二人は信号で止まると、歩美はこっちをじっと見た。そして、意を決したかのように尋ねる。
「ねぇ、隼人くん」
「な、なに?」
「私達、こうやって久しぶりに話したじゃん」
「うん」
..確かに会話したのは、中学校の時以来だな...
「それでさ、もしよかったらだけど・・・
・・・・来週の日曜日、予定なかったら映画見に行かない?」
「・・・へ?」
唐突のデートの誘いに思わず変な声がでた。
... いやいや、ちょっと待ってどういうこと!...
バクンッバクンと心臓が鼓動する音が分かる。
「いいよ。行こう」
何故か知らないけど、呆然としたまま隼人は反射的に返答した。
隼人の返事に歩美は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「うん!約束ね」
「わかった」
「じゃあ、また明日ね!あ、それと関東大会入賞おめでと!」
「じゃあね~」
信号が青に変わると、歩美はまたね~っといって自転車をこいでいってしまった。
隼人は、歩美を遠目で見送るとはっと我に帰った。
「え、俺誘われたの!」
嬉しさと興奮が交じり合い、隼人は自転車を走らせた。
...どうしよ!...めっちゃうれしい!!...
ただひたすら感情のままに強くペダルを踏む。今まで彼女いない=年齢だったこともあり、高揚感を抑えることなどできるはずもなかった。いつの間にか車の速さと同じくらいの速さになっていた。
そして、気づいたら家路に到着した。
「ただいま~」
「お帰り~、ご飯できるよ」
「あざ~っす!」
「やけに機嫌いいね~」
「まぁね」
そういってテーブルに着つくと、山盛りの白米を掻っ込む。
「あ、それで母ちゃん」
「なに?」
「進路の事なんだけど、やっぱり大学に行きたい」
「私としては行ってほしくないね~」
「なんで?」
「うちの家計の事は、分かってるでしょ」
「うん、でも」
「でもじゃない!」
「!?」
高揚感のあまり、言って話いけない禁句をポロっと放ってしまった。しまった、と内心反省を促した。
「何回も同じこと言わせんじゃないの」
葉子は鬼の形相で隼人を凝視する。
「あんたには、家に金入れてもらわないと困るの。それぐらい苦しい状態なのわかるでしょ」
「うん」
隼人の家庭事情は、少し普通ではない。なぜなら、現在篠崎家は、大量の借金を抱えている、それも総額2000万円だ。信じられない額だと思うが本当の事である。また、もともと金銭的に余裕がない事もあって、家も築40年の古い家だ。あちこちは、白アリに食われていて廊下は良く軋んだ音が聞こえる。
「爺さん婆さん、あんたの親父が、死んでやっと楽になれると思ったら今度はまたこれだよ」
「うん」
隼人の父、篠崎和人はどうしようもない人間だった。仕事が帰ると家の手伝いもろくにせずに、一人酒にいりびだれていた毎日ウィスキーをショットでのんでおり、あまつさえ酒乱で隼人もよくベットっからたたき起こされサンドバックにされていた。たばこもよく吸う方で、車の中はたばこの臭いでしみついていた。乗車した時何度吐きそうになった事をいまでも思い出す。そして、家族として最も大事な会話が、隼人が幼児期の時から殆どなかった。自分から話しかけない限り話しかけてこないのだから。
そんな父も2か月前に死んだ。原因は、アルコールだった。病院で面会した時にはもう隼人が誰だか認知できなかったほどだった。死後母も、祖父母の介護から解放され何とか気が楽になったかと思えば今度は、その和人がギャンブルで多額の借金をしていたことが分かり、それが総額2000万円なのだ。こっちからしたらもう疫病神である。
「うん、じゃないの!あんたもあんたでさ、家のこと手伝いぐらいしろよ!」
隼人自身そんなこと分かってはいる。だから毎日、自分にできることをやっているのだ。掃除、洗濯はもちろん、料理は少々だが米とぎはしている。
「やだよ私は。こんな築40年の家にずっと住むなんて。たまったもんじゃない。だいたいよ、あんたにどれだけの金かけたのかわかってんの!陸上だって他の同級生に比べてたいした成績もないくせに」
「でも関東大会出たよ」
「何言ってるの!。全国行ってもらわなきゃこっちは困るのよ。あれだけ大金はたいたのに、あれだけ私が身を削ってサポートしたのにこんだけの成績なんて、ふざけんなよ!親を馬鹿にしてんの」
「してないよ」
そんなつもりは、毛頭ない。しかし葉子にはそんなことは通用しないのだ。
「してるよ、だいたいなんで陸上をさせてたかわかる?あんたは人よりも能力が低いんだからでしょ、ね?、だから少しでも、秀でたものを育てようとしたのに結局がこんな結果なんて」
「うん」
「学校の成績だってろくな成績でもあるまいし、下から数えた方っが早いんじゃないのかい、知能指数だって80もないくせに」
...ごもっともです...
「もうさ、私だって相手にするだけやなんだよ。家事もやらなきゃいけないし、あんたのこともやらなきゃいけない、働きにもいかなきゃいけない、どうすんの。ねぇ、助けてよ。あんな広大いないらない土地を管理するなんて私嫌だよ」
隼人の家は、農家だったこともあり、敷地が広く、畑や田んぼ所有しているため管理も大変で、税金も半端じゃない。また、市街化調整区域なため売るのは相当大変であるし、買ってもらえるかすらわからない。
「もうやだよ、助けてよ!ほんとにもう!」
助けてと言えば、助けてっと返される。そんなどうしようもない家に隼人は生まれたのだ。
葉子の瞳からは、涙がこぼれ目が真っ赤になっている。
隼人は、何も言えなかった。実際事実だし、自分がどうできるなんて保証はない。
葉子自身にかかる負担も半端じゃないことは理解している。母から見れば、要は自分は出来損ないである。昔からそうだ、トラブルを起こしやすく、そしていじめられやすい。その影響でプライドなんて等に捨てていた。成功体験など手で数えるぐらいでほとんどが失敗ばかりだ。褒められたことなどほとんどないし、自己肯定感なんてない。そして、自分には秀でた能力なんてものは何一つないのだと思っている。
「もう、顔も見るのも嫌だから、早く薬飲んで寝な!」
そういって、葉子は部屋を後にする。隼人は一人静かな食卓で一人夕食を済ませ。風呂に入り、自分の部屋にたどり着く。
そして薬を飲むとベットに倒れこむように飛び込む。
さっきの高揚感とは、どこに行ったかと思うかの様に気分は完全にネガティブモードだった。
「そうだよな~。こんな俺が、そんな大したことなんてできるわけないもんな」
こんな自分が誰かに祝福されたい、など思うのはおこがましいと思う。
そう思いつつ、吸い込まれるような睡魔に身を委ねるのだった。
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