87『【3D配信】ももよいほのこらぼっ!!【オンライブ】part2』
『ふふ…どうですか、
ドヤっとした顔でそう言い放つと、
【めっちゃいろいろあるな!?】
【ネイルアートってこんなに道具使うのか…】
【こうしてズラッと並べられると圧巻ですね…】
【未知の世界すぎる】
【おしゃれって大変】
【はえ〜…】
【宵ポカンとしてて草】
【ここまでカラー揃えてる人はあんまりいなさそう】
【ネイルアートにカメラありってことは…三人のおててが見られるんですか!?】
【宵てて見せろ】
【仄ちゃんのおせいそはんど】
【百々ちゃの百獣の王おてて】
『そうですね…コメントでも言われている通り、お二人さえ良ければせっかくですから今回は、3Dと併せて手元もお見せできたらと思います!』
『…分かった。私は大丈夫』
コメントの盛り上がりから見て、これ以上私が何を言っても仕方ないだろうと小さくため息をつきながら返事をする。あかりはちょっと状況がよく分かっていないように見えたが『いいよ!』と仄に元気よく返事していた。かわいい。
念の為あかりに、固定されているから大丈夫だとは思うが手元以外はカメラに映さないようにと注意をしておく。少々残念だが、ここでカメラに映したネイルは、配信が終わった後に落とすなり変えるなりする必要があるだろう。そんなことを考えながら、準備してもらった道具を詳しく見ていく。色は混ぜることを考えてもこれだけ色があれば問題ない…というか、ほとんど手付かずのままになりそうだけれど。まずは下準備から始めなければ。幸いネイルマシンもあるし、下準備にはそれほどかからないだろう。…これを機にあかりがネイルアートとまではいかなくとも、ネイルケアくらいはするようになってほしいし、できる限り分かりやすい手順で…。
『真剣な顔の百々ちゃいいね…』
『そうですね…そもそも百々って根本的に顔が良すぎますよね…』
『わかる…ずっと見てられる感ある…』
『……それはいいから、あかりはとりあえず爪を見せて』
あかりが少し前、配信で私達二人のことをすぐ褒めてくると言っていたけれど、あかり本人も大概だと思う。あかりがこちらに向けてくれた手に触れようとして一瞬躊躇ったが、心にまだ僅かに残っていた大人の余裕をフル活用して、何とかあかりの手を掴んだ。
【宵ててちっちゃ…】
【ガキの手じゃん…】
【色素薄めなおてて美味しそう】
【なんていうか…その…下品なんですが…フフ…】
【百々ちゃの手指長くていい…】
【このすらっとした手が俺を狂わせる…】
【このガキみたいな手が俺を…】
【狂わされすぎだろ】
【百々ちゃのネイルめっちゃ凝ってるな】
【セルフネイラー歴の長さが見て取れる綺麗さだぁ…】
【これが世界初公開ももよいハンドか】
『誰がガキの手だよ!』
(…あかりの手、久しぶりに触ったな…)
ほんの少し前までは手を繋ぐことも多くあったから、この小さくて綺麗な手によく触れていた。小さいけれどあったかくて、あかりの大きなエネルギーを感じられる、そんな手。
私が勝手に意識してしまって触れられていなかったあかりの手と私の手は、まるでブランクなどなかったのように自然に熱を与え合っている。それだけで、少しだけだが心が軽くなった気がした。
『オレも、百々ちゃの手久しぶりに触った。…ひんやりしてて気持ちいいね』
『っ…』
心の中の声がうっかり口から出てしまっていたらしい。私の手を確かめるように握りながら、あかりが嬉しそうにそんなことを言った。…やっぱりあかりはちょっと…いや、かなり人たらしな面があると思う。一度心を開くと素直な気持ちをまったくオブラートに包むことなく見せてくる。いや、魅せてくれる。…顔が赤くなっていないか心配だ。
『ふふ、ではこちらの手も失礼しますね?』
【おっ仄ちゃんの手!】
【おせいそ…】
【いやこれはおせいそじゃなく清楚だな…】
【淡い青系のネイルがとても清楚だと思います】
【宵の手と比べると大人っぽいね…】
『だからガキの手じゃないが??』
私とあかりの様子を満足げに見守っていた仄が、あかりのもう片方の手を取る。どうやらネイル前のケアは仄も手伝ってくれるらしい。努めて気持ちを落ち着かせて、私の方も早速作業を始めていく。
まずはジェルクリーナーを含ませたコットンで手全体と爪の表面を綺麗に消毒する。くすぐったそうにするあかりに少しだけ我慢して、と言いながら、続けて軽くファイリング…やすりで爪の長さや形を整える作業や、甘皮の処理を行う。そしてサンディング…爪の表面を軽く削って凹凸を付ける作業も併せて行った。あかりの爪は元々綺麗にしてあったこともあって(本人曰く、定期的にお母様がやってくれるとのこと)ネイル前のケア作業は思っていたよりも早く完了した。
『なんかもうこれだけでもすっごく綺麗になった感じする!』
『あかりは元々爪の形が綺麗だから』
『こっちの手も終わりました。百々はさすが慣れていますね』
【まだ下処理らしいが職人感あってずっと見てられるな…】
【形整えるだけでも結構変わるね】
【百々ちゃ手慣れてるのが動きでよく分かる】
【新しい性癖が開きそう】
【推し二人に爪を整えてもらう気分はどうだ】
【感想を述べよ!】
『最高!』
『はいはい。ここからが本番だから、じっとしてて』
『はーい』
集中して作業をしているからというのもあるのだろう、あかりとの会話には先ほどまであったぎこちなさもなく、前みたくお互いが心地良いと思えるリズムで言葉が飛び交っている。…ああ、そうだった。あかりと私は
『それで、今回のネイルアートはどんな感じになるんでしょうか、先生?』
『ん、先生はやめて』
揶揄ってくる仄に短く返しつつ、サッと机に置いてあった付箋紙にペンを走らせる。暗い夜に移り変わる直前の色…ブルーモーメントのような色を背景に、それを横切るラメの流れ星。それぞれ爪によって背景の色を細かく分けて、変化を付ける。色々な表情を見せてくれるあかりをイメージした、彼女のためのデザインだ。
『流れ星…』
『出来上がりが楽しみですね…』
『調色しちゃうから、二人は少しの間トークでもして場を繋いで』
『たぶんその調色作業で十分場を繋げると思いますけど…分かりました。あかりちゃん、せっかくなので私の方で募集していたマシュマロでも読みましょう』
『今見てみたけどオレの方のマシュマロはゴミ…じゃなくてアレなのばっかりだから、そうしてもらえると助かる…』
【ゴミ!?】
【ゴミてお前】
【直球すぎる】
【お前さぁ…】
【もっとリスナーからくるマシュマロに感謝しろ】
【仮にゴミでも頂いたものはちゃんと食え】
【焼いて供養しろ】
【途中で言い換えててえらい】
【甘やかすな】
マシュマロへのゴミ発言で案の定、コメント欄とプロレスを始めるあかり。その姿を微笑ましく見守りながら、用意してあった調色用のパレットに色を落としていく。カラーガイドアプリを使うのもいいけれど、今回の場合は既に自宅で何度か試したことがある色でもあるので、その感覚を頼りに色を作ることにした。
『いやでもゴミって言われるようなのを送ってくるのが悪いんじゃん!? オレは半分…いや、二割くらいしか悪くないと思う!』
【正直六割くらいだろ】
【二割はちょっと軽すぎる】
【四割で手を打とう】
【三割でどうだ】
【値切り交渉かな?】
【リスナーは配信者に似るという言葉があってだな…】
【百々ちゃの方の作業すごいな…】
【なんでそんな迷いなく色作れるんですかね…】
【百々ちゃのおかげで宵へのヘイトが逸れてて草】
【命拾いしたな】
『こっちの台詞なんだよなぁ…』
『その…あかりちゃんのリスナーさんってユニークですよね』
『すっごい言葉を選んでる感!』
『準備できた。もう一度手を出して』
『あっ、うん!』
今度は迷うことなくあかりの手を握る。再び混ざり合う体温に心地よさと安心感を感じつつ、まずはベースジェルを爪に塗る。その後一度ライトで硬化させ、続けてさっき作った色をあかりの爪へと塗っていく。しっかりと下準備をした甲斐もあり、ジェルの広がり方は申し分ない。色もイメージ通りだ。厚くならないよう表面に注意を払いつつ、複数回の塗り重ねを経て、やや異なるグラデーションをした五色の色を置いた。
『…すご…』
『綺麗ですね…』
『ふふ、本番はここから』
筆を変えて、次はベースの色とはまったくイメージの違う、明るい色を爪の中心に斜めに細く描いていく。流れ星の本体と、その尾。塗り重ねで色の厚みと濃度を変えて表現する。気をつかう作業だが、筆はいつも以上に軽々と動く。一度ジェルの硬化を挟み、最後にストーンの中からイメージに合う物を探し出して、クリアジェルで固定した。
『…完成』
『わぁ……』
完成したネイルに負けない…いや、それ以上にきらきらした瞳を、完成したネイルに向けるあかり。その姿を心の中にしっかりと収めながら、そっともう片方の手を取って、さっきと同じように作業をしていく。
ネイルに夢中になっている今ならきっと気付かれないだろうと、私はなんてことない独り言のように、小さく呟いた。
『あかり、好きだよ』
返事を期待したわけじゃない、自己満足のための言葉。けれど。
『えっ、うん! オレも大好き!』
あかりはネイルに向けていたきらきらな瞳を私にも余さず向けてくれた。私が一番欲しかった言葉と一緒に。
思わず笑みがこぼれる。なんだ、こんなにも簡単なことだったのかと。
『ふふ、うん。今はそれでいい』
私とあかり。お互い向けている好きという言葉の種類は違えど…今はこれでいい。時間ならあるのだから。こうして素直になってしまえばとても楽なもので、この配信を始める前に抱えていたもやもやはすっかり晴れている。
この場を用意してくれたお礼を言おうと、今回の仕掛け人である仄の方を見てみれば…彼女はやや顔を赤くしながら、驚いた表情で口をパクパクとさせていたのだった。
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