85『素直になれない方と素直になりすぎてる方』

「──それじゃあ、三人とも予定を合わせられるこの日で」

『異議なーしっ!』


 あかり…ひかるの配信が終わってから少しして、私達三人は再び通話を繋いでこの先の予定を話し合っていた。と言っても、コラボの発案者である星奈せいなが、三人とも配信の予定がない日を予めピックアップしてくれていたらしく、コラボの予定日はとてもスムーズに決まったのだけど。


『ほーらっ、ひかるちゃんも!』

『えっ?? い、異議なーしっ?』


 二人の騒がしくも可愛らしい会話をラジオ代わりにしつつ、マネージャーさんへ今回の話を連絡しておく。元々、近いタイミングで3Dを使いたいという話はしていたので、諸々の準備も含めて予定日には間に合うだろうとマネージャーさんは言っていた。とはいえ急な話ではあるので、謝罪の一文を付け加えつつ、お手伝いできることがあればほのか共々手伝いますので、と併せて送っておいた。

 フェスの時に仕事を手伝って以来、私はこうして裏方の仕事もたまにだがさせてもらっている。星奈はまだやったことはないみたいだが、今回の話を初めに言い出したのは彼女なのでこっそり巻き込んでおいた。要領がいい星奈のことだし、きっと上手くやってくれると思う。


「ふぅ…」

『だ、大丈夫? りーちゃ、疲れてない…?』

「ふふ、大丈夫。今ので元気になった」

『ほ、ほんと? ちゃんと寝てね? あとあったかくしなきゃダメだよ…? また風邪引いちゃったら大変だし…』

「…うん、ひかるもあんまり夜更かししないで、ちゃんと寝てね?」

『えっ、あー、うん…が、頑張る…』

「また新しいVtuberの子?」

『ううん、最近はみんなの過去の配信のアーカイブ見てて…あ゛っ』

「…お母様にご報告しておかないと」

『だっ、だめ! ちゃんと寝る、寝るから!!』


 こんな小さなため息一つでここまで心配してくれるのが、ひかるという子だった。りーちゃ、という呼び方にもすっかり慣れて、今では百々ちゃと呼ぶ時と変わらない自然さで呼んでくれている。この会話にしてもそうだ。まったく気負わず、そして警戒心もなく話してくれる…限られた人にしか見せないこの姿を、私には惜しげもなく見せてくれる。…それに、ちゃんと寝てね、だなんて注意してくれる人は大人になるとあまりいなくなる。気恥ずかしさ以上に、その気持ちがとても嬉しかった。


『じゃ、今日はこの辺にして早く寝よー! おやすみ、ひかるちゃん、莉緒りお!』

『おやすみ、せーちゃん、りーちゃ…』

「はい、二人ともおやすみなさい」


 その言葉を最後に通話は終わって、いつも通りの静寂が訪れる。イヤホンを外して、そのままベッドに倒れ込んだ。


「…ふぅ…」


 さっきと同じため息をつく。わざとだ。さっきの通話の時と同じ、わざと。私はあの時、ひかるに疲れてない? と言って欲しかったから、わざとため息をついた。…以前は、私が心配する側だった。けれど、いつの間にか、ひかるも私を心配してくれるようになった。それから私はそれが嬉しくて、こうしてわざと心配してくれるように振る舞うことがあった。駄目な大人だと、そう思う。


(私は…)


 私は、見守る立場の大人だ。あの歌祭りの日…私はこれから先、よいあかりを、星宮ほしみやひかるを見守り、そして傍にいると誓った。けれど、この有り様。見守るだけでは、傍にいるだけでは、いつの間にか物足りなくなってしまっている。星奈の、彼女の背中を押したのは私自身なのに…今はその彼女の立場が羨ましいと思ってしまっている。


「…駄目な大人」


 第一、相手はまだ高校生だ。それに精神的な面でも少し幼い。純粋だとも言う。こんないい歳をした大人が本気になるなんてそんなこと…いや、そもそも私は何を考えて…!?


「駄目な大人…」


 …もういっそ身近な人に全てを打ち明けて相談してみるべきかもしれない。例えばこーよー、千秋ちあきなら…


『お前…さすがに高校生相手は犯罪だぞ…』

「うぐっ…」


 浮かび上がってきた想像の中の千秋に、まったく遠慮のない、しかし反論の余地もない正論を叩き込まれ、深くベッドに沈み込む。そんな蔑むような目を向けないでほしい。私だってここまで入れ込むだなんて思っていなくて…!


「……駄目な、大人だ…私…」


 これ以上考えていても自己嫌悪のループに陥ってしまいそう…もう陥っている気もするけど…一度大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。そう、これまでの先輩達とのコラボを見てもよく分かることだ。あかりは強い。強くなった。もう私がいなくとも、なんて面倒な事は考えたくないけれど。

 それでも、ほんの少しだけ──そう思ってしまう自分がいた。



「──なんて、莉緒は今頃ちょっと面倒くさいこと考えてるのかな」


 ひかるちゃんが莉緒のことを嫌いになることなんてありえないし、面倒くさいだなんて思うことは一生ないと思う。だって、私ですらひかるちゃんにあそこまで心配してもらったことなんてないよ?? それなのに莉緒なんてため息一つつくだけであの心配っぷりだし。しかもひかるちゃんのお母様とも友達で外堀もばっちり。だいぶ周回遅れな私と比べて、正直心配する要素がどこにあるんだろうって感じだけど…というか周回遅れ…自分で言っててすごい辛くなってきた…最近は追いつきつつあるとはいえ、それも莉緒のおかげだし。


「あの時…」


 あの時背中を押してくれた莉緒。嬉しかったけれど、同時にもっと素直になればいいのにとも思った。大人すぎることは良い事ばかりじゃない。時には子どもみたいに、素直な方が上手くいくことだってある。

 まだそれほど付き合いは長くもないけれど、濃くはあるからね。それにひかるちゃんだって私だけじゃなく莉緒も一緒の方が絶対嬉しいはずだし?


「…なんかどれも言い訳かなぁ」


 たぶん私は、莉緒のことも大切に思ってるってだけなのかも。ひかるちゃん、莉緒、私っていう関係が好きなのかな。もちろんひかるちゃん、それにあかりちゃんは今や推し通り越してもはや言葉じゃ言い表せない存在になりつつあるけど!


「次のコラボの時はちょっとだけアシストしてあげよっと」


 背中を押してもらっておいて何を、って感じだけど──素直になる事も大切なんだって、真面目過ぎる大人にちゃんと教えてあげないとね?

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