68『呼び方が変わると関係性も一気に変わるような気がする』

「はい、ひかるちゃん! せ、い、な、だよ! 星奈せいな!」


 リピートアフターミー!! と大きな声&心底ガンギマった瞳で叫ぶほのかちゃん…いや、明護あけもりさん。

 フェスの一日目を終え、三期生のみんなと一緒にホテルの部屋へと戻ったオレを待ち受けていたのは、今日のイベント以上に難易度が高いと思ってしまうような、とても恐ろしい事態だった。


「ひかる。莉緒りおだよ」

「あきらって呼んで。まぁ苗字でもいいけど、私はひかるのことひかるって呼んでるしさ」

真壁まかべでもまいでも、お好きに呼んでくださいっ!」

千秋ちあきだ、ひかる。千の秋と書いて千秋。さぁ呼んでみてくれ」


 厄介なのは、普段なら明護あけもりさんを止めてくれるであろう他のメンバーも、同じようにオレに本名で呼ばせようとしてきているという所だ。まったく逃げ場がない。もはや呼ぶまで解放してもらえそうにない雰囲気である。

 うぅ…なんだってこんなことに…。現実逃避がてら、ここに至るまでの流れを思い返してみることにする。ほわんほわん…。



『今日はみんなありがとー!!』

『ぐっばい。また明日』


【こちらこそ本当にありがとう…】

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【明日もあるのありがたすぎる】

【永遠さんのぐっばいすき】

【明日は現地で見るぞ!!!】

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 オレの出番も全て終わり、迎えた一日目のエンディング。神無月かんなづきさんから任されたリポート配信をしながらも、オレの脳内には明日からの自由な時間への期待に満ち溢れていた。気合を入れて神無月さんに交渉し、そして拍子抜けするほど簡単にもぎ取れた二日目の自由時間。唯一言われたのは3Dライブの時だけは必ず帰って来てね、ということくらいだった。…どうせそこをオレがリポート配信してもギャン泣きしてしまって配信にならないと思うのだが正直意味あるんだろうか…?


 で、そんなこんなでホテルへと戻った後、明日は会場を見て回ってくることを三期生のみんなと雑談している時に話したところ。


「じゃあ、誰かしらひかるに付いてないとだね」

「午前なら私が一緒にいる」

「私も午前中なら大丈夫です! 出番前ですけど、むしろ緊張が解れていいかもですし」

「私は今日で出番は終わりだからな、ずっと付いていられるぞ」

「私も同じく!!」

「え、えっと…ひ、一人でも大丈…」

「「「「「だめ」」」」」

「ひぇっ、は、はい…」


 …と言った具合にとんとん拍子に手の空いている人がオレと一緒に来るということに決まり、そして。


「けど、会場に行くならやっぱり呼び方は徹底しないと」

「確かに、Vtuberとしての名前で呼ぶのは危ないかもしれないな」

「となると…」


 みんながじっ、とオレの方を見る。そして、さっきオレが一人で会場に行くというのを咎めた時のように自然と一致団結して、言った。


「「「「「本名で呼ぶ練習をしよう」」」」」


 これが、オレが今絶賛陥っている苦難の幕開けだった。



 …はい、回想という名の現実逃避終わり。そろそろ名前を呼ぶ決意をしなければならないだろう。…そもそも今だって百々ももちゃとか仄ちゃんとか名前で呼んでるって?? 確かにそうだが、Vtuberとしての名前で呼ぶのと本名で呼ぶのとではまっっったく重みというか、関係性が違うと思う!


(け、けどどうしよう…よ、呼ぶしかないのか…?)


 …いや、待てよ? ちょっと良い案を思いついてしまったかもしれない。オレだっていつまでもやられっぱなしというわけじゃない、明日の自由のために立ち上がってやる! いくぞ、秘技――!


「り、りーちゃ…!」


 秘技、逆に一気に距離を詰めた呼び方をして嫌がられることで呼び方なんていいじゃんと有耶無耶にする作戦!!!


「……っ!?」


 ふっふっふ…これは効いたな?? 目を見開いて驚いた様子の百々ちゃこと深見ふかみ莉緒りおさん。まず一人目、討ち取ったり!!


 次に目線を向けるのはさっきまでオレを最も追い詰めていた明護さんだ。名前は星奈さん…星奈さんか…なら!


「せ、せーちゃん…!」

「うっ…!!」


 大袈裟にオレのベッドへと倒れ込む明護さん。距離感バグの使い手である彼女も、ミラーマッチには弱いらしい。距離感バグの使い手には距離感バグ、攻略法見えた!


「ま、まーちゃん…!」

「うぐっ…!?」


 まおー様、真壁舞さんはまーちゃん!


「あーちゃん…!」

「っ…ん」


 ゆいなちゃん、片桐かたぎりあきらさんはあーちゃん!


「ちーちゃん!」

「あ、ああ…」


 そして秋風あきかぜさん、たちばな千秋ちあきさんはちーちゃん!


 勢いに乗って全員分叩きつけていく。後半の二人は効きが悪い感じがするが、たぶん強がっているだけで心底効いているはずだ。勝ったな!

 勝利の余韻に浸っていると、ベッドに倒れていた明護さんがゆらりと起き上がった。なんだか寒気がする。こう、原始的恐怖というか…。


「ふ、ふふふ…これはもう、いいよね?? だってこんなのズルじゃん…我慢してたのに…」


 小声で何か呟いている。ベッドから降りてオレが座っているソファの方へと向かってきた。ひ、ひえっ…。


「ひかるちゃんが悪いんだからね…!」


 そんなどこぞの薄い本で見たような台詞を言いながら迫ってくる明護さんだが、しかし――。


「正気に返れバカ」


 と、言いながら割と強めに彼女の頭を叩いたゆいなちゃん…片桐さんによって大人しくなった。え、これ大丈夫?? 明護さんピクリともしないんだけど…?


 結局その日は、眠る明護さんを引き摺って部屋へと戻った片桐さんを皮切りに各々自分の部屋へと戻っていき、この騒動は終わりを迎えた。…今にして思うとさすがにキモかったかな…? 明護さん以外もちょっと様子がおかしかったし…。それが狙いだったとは言え、今更ながら反省する。


 まぁいつまでも考えていても仕方ないかと割り切って、シャワーを浴びに行くことにする。明日の朝みんなに会ったらそれとなく謝ろうとだけ心に誓って。

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