47『普段頼りになる人の弱った姿には不思議な魅力がある』

「――えっ、も、百々ももちゃ、風邪引いちゃったの!!?」


 先輩達とのコラボ当日の朝。百々ちゃからかかってきた通話の内容は、突然通話がかかってきたという驚きすら一瞬で忘れてしまうくらいの、凄まじい衝撃をオレに与えるものだった。


『う、ん。ごめんね…』


 聞こえてくる百々ちゃの声はガラガラで、いつもの綺麗なハスキーボイスとはまるで違っている。恐らくは声も出すのも苦しいだろうに、わざわざ通話にしたのはオレを必要以上に心配させないためか。

 けれどオレは弱った百々ちゃの姿を想像するとなんだか物凄く怖く感じてしまって、絶賛大パニック中だった。


「きゅ、救急車呼んだ方がいい!? ね、ねぇ百々ちゃ!?」

『…ふふ。っごほごほ…。大丈夫。熱はあるけど微熱だし、喉以外はそれほど違和感はないから』

「ほ、ほんと…?」

『うん、本当だよ。それで、今日のコラボのこと、マネージャーさんと…』


 コラボ…その言葉で少しだけ冷静さが戻る。このまま行けば、オレは一人で先輩達とのコラボに臨むことになるのだろう。それは確かに不安だが…だからと言って百々ちゃがオレに謝ることはないと思う。元々オレが百々ちゃに頼り過ぎてしまっていて、それなのにこうして百々ちゃに謝らせてしまっているオレの方こそ謝るべきだ。


「ごめんね百々ちゃ…」

『…?』

「こ、コラボなら大丈夫! か、幽世かくりよ先輩とは、控室でちゃんと話せたし! だ、だから…も、百々ちゃはゆっくり休んでて!」


 辛そうな百々ちゃにこれ以上話させるわけにはいかないと、オレはやや早口気味にそう言い、最後に「ね、ネギ! ネギがいいらしい!」と、とっさに思い出した風邪に効果がありそうなことを付け加えて通話を終えた。


 …完全アウェーだし、この間の努力も虚しく会話デッキもないが…こうなったらもう自力でなんとかするしかない。しかし考えてみれば三期生全体コラボの時は一対五だったんだよな…。それを乗り切れたのだから今回だって大丈夫…頑張って百々ちゃを安心して休ませてあげよう!



 ……とかなんとか妙にやる気を出していた数時間前のオレを、ここへ引き摺り出して代わりにコラボに出させてやりたい…。


『四人になってしまったけど今日は楽しんでいこうね』

『は、はい…』

『私はどちらでも大丈夫ですよ、って幽世先輩にお伝えしていましたけど、結局延期にはしなかったんですね?』

『私も正直延期かなーと思ったんだけど、あかりさんがやろうって』

『えっ、そ、そうだったんですね…』


 ……そうなんです…マネージャーさんに



────────────────────────

マネージャー 20xx/09/18

お疲れ様です。   


マネージャー 20xx/09/18

本日のコラボの件ですが、まだこの時間なら延期も可能かと思います。    


マネージャー 20xx/09/18

幽世誘さん、因幡白兎さん、夜闇メアさんにも確認しましたところ、延期か否かの判断は宵あかりさんに任せるとのことでした。   


マネージャー 20xx/09/18

獣王百々さんも同様に、宵あかりさんの判断を尊重してほしいとのことです。    


マネージャー 20xx/09/18

私個人としましては、延期するのがよろしいかと思いますが…どうなさいますか?


宵あかり 20xx/09/18

大丈夫です


宵あかり 20xx/09/18

やらせてください



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│マネージャーへメッセージを送信

────────────────────────



 …とか、答えちゃったんです…。

 いつものオレならまず間違いなく延期にしよう、先延ばし最高! と思ってただろうに…弱った百々ちゃの姿を想像していたら変なスイッチが入って、ついそんなことを口走ってしまったのだ。思い返してみれば百々ちゃもなんかマネージャーさんがどうとか言ってたし、あの時点で延期の話は出ていたのだろう。人の話は最後まで聞けよオレ!

 でもちょっと想像してみてほしい。歳上でいつもしっかりしてて、ほぼママなイケメン美女さんが弱った姿でごめん、なんて言ってくる姿を。ここで逃げたら間違いなく男ではないだろう。まぁ既にオレは男ではないけど! てかそもそもなんでオレに判断を委ねるのか。オレなんか気にせず先輩達で勝手に延期にしておいてくれればいいじゃん!!


獣王ししおうさんを含めた五人でのコラボはまたやるとして…今回はこのメンバーで、ということで!』

『す、すごいですね、よ、宵さん…』


 と、恐れ慄くような声でオレヘそんな声をかけてくる因幡いなば先輩。オレも因幡先輩の立場だったならせっかくの延期かもだったのにわざわざやろうって言い出すとか心が強ぇVなのか…!? とビビり散らかしていただろう。実際やろうと言ってしまっただけに、そんなことありません…クソ雑魚ナメクジです…とはとても言えず、「は、はぁ…」と何とも言えない返事未満の返事を返す。死にたい…。


『四人でも予定合わせるのは意外と難しいですし、揃ってる時に揃ったメンバーでやってしまうのは理に適ってるかもですね』

『最近は特に忙しいからね。来月は来月でまた大きいイベントもあるし』

『あ、そういえばやっとお披露目なんですよね! いいなぁ』

『ふふ、たぶんメア達もすぐだと思うよ』


 配信が始まるまでの残された時間で、せめてできる限り精神を整えるとしよう…。幽世先輩とメアちゃん先輩は二人で楽しそうに話してるし、因幡先輩は…みゅ、ミュートにしとる…配信前の通話でミュートって強すぎない?? よしオレもやるか…と思い、ミュートしようとしたところで、幽世先輩から名前を呼ばれた。


『この間の配信では急にお邪魔してしまってごめん、あかりさん』


 あったなそういえばそんな事! あの時は荒ぶるコメント共を静かにさせるのクッソ大変だったんだからな! もちろんそんなこと言えないし、スパチャもありがたかったので「大丈夫です…」って答えるけども!


『あかりさんの反応が可愛らしくって、つい意地悪してしまいたくなったんだ』

『分かります! リスナーさん達に弄られてる時とか、良い反応してくれますよね!』


 なぜか幽世先輩とメアちゃん先輩がオレのことで意気投合して盛り上がり始めてしまった。とりあえず大人しく会話に耳を傾けていると、次は因幡先輩がオレの名前を呼んだ。


「あ、あの、宵さん…その、い、いざなさんのことなんですが…」

「は、はい…」

「い、誘さんのい、意地悪とか、その、ちょっかいは…Vtuberとしてのキャラというか、そういうの、なので…その…」


 うぅ、と言って言葉に詰まってしまった因幡先輩。必死に伝えようとしてくれている感じに何とも親近感が湧く。しかし、キャラか。配信中と配信外でキャラが違うと感じたのはそういうことなのか。まぁ仄ちゃんとかはまったく違うしな。それで言えば幽世先輩はまだ素に近い方だと思う。

 なんとなく、因幡先輩が言わんとしていることが理解できたので「気にしてないですよ」と返事をする。なぜか「あ、ありがとうございます!」と、因幡先輩から嬉しそうな声でお礼を言われてしまった。


『さて、そろそろ時間か。獣王さんがいないのは残念だけれど、健康には代えられないからね』

『わ、私もちょっと体調が…』

『因幡先輩のはいつものことじゃないですか』

『獣王さんからあかりさんのことをよろしくって言われてるからね、あかりさんも心配しなくて大丈夫だよ』

「は、はい…!」


 いよいよ配信が始まる。和気藹々としているとはいえ、相手は先輩だし、オレは一人だし…泣きたいことだらけだが、百々ちゃに安心して休んでもらうためにも、なんとかやり遂げなくては…!

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