35『もう見た強敵たち、まだ見ぬ強敵たち』
配信とマネージャーさんのちょっとしたお小言を辛くも乗り切り、
「君が宵あかりさんだね。一期生の
「いっ、い、
「二期生の
目の前には、ライバーの先輩が三人。対するオレはなんと一人だ。ここまで一緒に来た百々ちゃは、何事か用があったのかスタッフさんに呼び出されていて今はいない。つまりは一対三、負け確どころかそもそも勝負にすらならない人数差である。
こんなことなら百々ちゃについていけば…と今更ながら後悔するが、まだあの段階ではこの部屋にはオレと百々ちゃしかいなかったし、そもそも控室だって複数用意されているらしいから、奥の方にあるこの部屋に来る人はそういないだろうと踏んでいた。実際にはこの通り、誰も来ないどころかなんか三人も来ちゃってるわけだけど…。
リバースしそうになるのをなんとか堪え、せめて自分の名前とよろしくお願いしますだけでも返そうと口を開こうと試みる。だが…
「あ、えと、あの…」
口から出るのは言葉未満の音ばかり。三期生のみんなとのコラボで少しはコミュ力が上がったんじゃないかと思っていたのだがそんなことはまっっったくなかったようだ。
…不味い、これは本当に不味い。既に「なんだこいつ」とは思われてるだろうけど、このままじゃ挨拶もできないのか、と怒られてしまうかもしれない。三人の誰かが喋りだしそうな気配がして(当然顔は見れてないので本当にそんな気がしただけだが)身構える。お、怒らないで…。
「んむ、あかりさんが何を考えてるかは何となく分かる。伊達に白兎の世話をしてきたわけじゃないからね。すまないが二人とも、ちょっとの間だけ部屋の外に居てもらっていいかな?」
「せ、世話……は、はい…」
「分かりました」
そう言うと、二人…因幡白兎さんと夜闇メアちゃんが控室を出ていく。これで一対一…三人がいっぺんに喋り出すことはなくなって少しだけマシになったけど、それでも依然として高難易度の状況だ。と、というか何で二人っきりに…? ま、まさか締めるつもりじゃ…!? 再び弱々しく身構えた所で、唐突に幽世誘さんがこんなことを言ってきたのだった。
「今日の歌祭り、誰の歌が楽しみ?」
へっ? えっと、歌祭りで、誰の歌が…?
困惑するオレを他所に、優しく穏やかな声でゆっくりと幽世誘さんは続ける。
「
…因幡白兎さんの歌はアーカイブでしか聴いたことがないけれど、確かに上手かった。生で聴けるのはオレも楽しみだったりする
「そうそう、さっきいたメア。あの子も声が甘くていい。ラブソングを歌うことが多いんだけど、声とよく合ってるんだよね」
夜闇メアちゃんは前回の歌祭りの時もあまあまボイスで、これまたあまあまな恋愛ソングを歌っていた。普段の配信からそうなんだけど、あのとろけるような声いいよね…いい…。
「そう、それにね――」
幽世誘さんの話はオレが知らないような内容も多く含んでいて、聞いていてかなり面白かった。そのうえいちいちオレが内容を咀嚼するのを待ってくれるし。
配信ではそれこそやりたい放題やっているオンライブの化身みたいな印象の人だけど、素はこんな感じなんだな。たぶん話し上手って言うのはこういう人のことを――
「はは、そう褒めないでくれよ。でもありがとう」
「……はえ?」
えっ、えっ、ええ!?! こ、この人の心の声にレスポンスしてきたんですが!? …などと一瞬驚いたオレだったが、すぐに気が付く。あっ、たぶん途中から心の声が普通に口から漏れていたのだ、と。話している内容が内容だったから、オレのオタクな部分が我慢できなかったのだろう。
「それなりに話したから緊張も解けたみたいだね。よかったよかった」
「ち、ちなみにい、いつから…?」
「あかりさんが喋り出したのはって意味ならメアの話をした時からだね」
そ、それは確かにそれなりに話してるな…? というかわりと序盤も序盤じゃん! オレもしかしてチョロいのでは…?
「ふふ、表情がコロコロ変わるんだね、君は。可愛いな、桜や永遠さんが気に入るのもちょっと分かるかも…」
「えっ」
それはどういう…? と聞こうとしたところで、控え室のドアが開く。入ってきたのは先程出ていった二人…因幡白兎さんと夜闇メアちゃんだった。
「さすが幽世先輩…ですけど、ちょっと私達を放置して楽しくお話しすぎじゃないですか」
「も、もっと早く呼んでくれても、よかったんじゃ…?」
「それはあかりさんが可愛いのが悪い。すごいよ、この子。表情がすっごく豊かなんだ」
緊張が解けたとはいえ、相変わらず三人が話している間に入っていけるほどオレのコミュ力は高くないのでとりあえず相槌だけ打って流れを見守っていると、また控室のドアが開けられた。こ、これ以上増えられるのはさすがにキャパオーバーなんだが!?
しかしそんな心配は入ってきた人物の顔を見れば一瞬で吹き飛んでしまった。
「百々ちゃ!」
「うん。お待たせ、あかり」
入ってきた百々ちゃを空かさず盾にする。幽世誘先輩の話は面白かったし、わざわざオレに合わせて話してくれるクッソ良い人なのはよーく分かったが、それはそれ、これはこれである。
「ああ…ちょっとショックだな、これは」
「さ、さっきの誘さんに見せていた笑顔は、まだまだ全然な笑顔だったんですね…」
「か、かわわ…」
そんなオレの姿を見て、三人の先輩方が何事か呟くが、メイン盾を手に入れたオレにはもはや怖いものなどない。あとは百々ちゃに任せよう。頼り過ぎないように、とは言ったが頼らないとは言ってない!
「オンライブ三期生の
「えっ百々ちゃ…??」
メイン盾からまさかの砲撃が飛んできて固まるオレを他所に、百々ちゃと先輩達の話は進む。
「一期生の幽世誘です! いえ、迷惑だなんてとんでもない! すごく楽しかったですよ。…あと、敬語じゃなく、普通にお話させて頂けると助かります。すっかりキャラに馴染んじゃったせいで、どうも違和感があるものでして…」
「分かった。お互いに敬語なし、ということで」
「助かるよ、ありがとう!」
「い、因幡、白兎です…。わっ、私は敬語のままの方が、違和感がないので、このままで…あっ、でも獣王さんの方は、全然普通で大丈夫、です…!」
「二期生の夜闇メアです! 私も同じくです!」
…すごいな、百々ちゃ…。オレがあれだけ苦戦していたというのに、もう三人と打ち解けて話している。これが大人の、というか社会人のコミュ力なのか…。
「あかりさんも獣王さんも面白い人ばかりだな、三期生の人は。…そうだ、この歌祭りが終わってからになるだろうけどコラボしないかい?」
「こっ、このメンバーで、ですか?」
「楽しそうですね! お二人がよろしければ、是非!」
「私は大丈夫。あかりは…」
「えっ、あ、うん…」
話を聞いていなくてテキトーに答えちゃったけど、それを聞いた百々ちゃがなぜだかいきなりオレの頭を撫でてきた。
「…やっぱりあかりはちゃんと成長してるよ。今日の歌祭りも、絶対大丈夫」
「そうだね。あかりさんなら心配いらないさ」
「わ、私は他人の心配はしてる余裕は、正直…」
「二度目なんですから、因幡先輩も大丈夫ですよ! あっ、そろそろリハが始まりますね」
「り、リハーサル…き、緊張します…」
「流れを確認するだけだよ、歌ったりはしない。…永遠さんはたぶん歌うだろうだけど」
…リハーサルが終われば、いよいよ歌祭り。この控室での先輩達とのエンカウントすら比較にならないほどの、まさにオレにとって過去最高のピンチであることは間違いない。
「行こうか、あかり」
「う、うん…」
それでも百々ちゃが見ていてくれるなら、と…いつもより、ほんの少しだけ前向きなことを思えたオレだった。
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