28『【ゲスト回】ももよいらいぶっ!【獣王百々/宵あかり】part2』
『――普段の配信を見てる限り、まおー様は基礎は十分出来てると思う』
『う、うむ…』
『その上で、上手く歌うためには基礎の積み重ねが必要だから、まずはトレーニングを一通り見せておくね』
こくり、と、頷くまおー様。どこか自信なさげな様子だが…今こうして近くで聞いていても、まおー様のお声はとてもよく通っているとオレも思う。透明感と確かな甘さが感じられる、百点満点中、百二十点のかわいいロリボイスだ。イヤホンを通さず生で聞くとこれまた一層ヤバい…
――っと、あかり、と
『いつも歌う前にやってるトレーニングを通して見せて』
『あ、はい』
いつもは配信前に行っているし、いるのも百々ちゃのみなので少しばかり緊張するが、すっかり慣れ親しんだトレーニングだからか意外にも身体はスムーズに動いてくれた。
『すー…あーーーー』
絵面としては地味そのものだが、そこそこキツいロングトーンなるやつだ。単純に声を一定して、長く出し続けるだけなのだが、慣れないとなかなか疲れる。
『次、半音高く』
『はい』
百々ちゃの指示で出す声の高さを調整していく。はい、よゆーよゆー。
さらに百々ちゃによる指示が続くが、歌う前は毎度やらされているのでもはや慣れたものだ。なんなら初めてやった時からある程度できたのでオレにも隠された才能があったのか…と驚いたものである。
まぁ、とか言ってもこれただのトレーニングなんだけど…。
『あかり、そろそろ敬語はやめて。呼び方も百々ちゃでいい』
『はい。……はい!?!?』
はい、よゆー…はい!?!?!
『! 今、はいって言った。まおー様も聞いてたよね?』
『う、うむ…聞いておったが…』
『なら決定。証人もいる』
『え、いや、今のは違くて!』
『違わないよ。はい、って言った』
『ピザって十回言って、みたいなやつに引っかかっただけですよね!?』
『確かにあかりはそういうのよく引っかかりそうじゃのう』
『えっ』
えっ、今しれっとまおー様にバカにされたくない?? オレそこまでおバカじゃないよ!?
『ん、何にしても言ったのは間違いない。あかりのリスナーさん達、切り抜きは?』
【草】
【俺達を使っていくのか…】
【あるよ】
【宵のツイートにリプライで貼り付けました…】
【YouTubeにも上げました…】
【遍く総てはももよいのために…】
『はい、あかり、敬語は今から終わり。返事』
『ええ…』
『ええ、じゃなくて』
『うぇっ!?』
顔が近い、近いって! ソファに座っていたので逃げ場もなく、百々ちゃに覆い被さられるような形になってしまっている。
なんとかいろいろと言い訳を考える、考えるが…百々ちゃの良い匂いでまるでまとまらない。そのうえ、追い打ちをかけるように百々ちゃが「あと十秒ね」と言ってカウントダウンまでし始めた。…こういう音声って持ってないから聞いたことなかったけど、実際やられてみると大いにアリかもしれない…などと現実逃避しているうちに時間は過ぎ去り…
『ぜろ…ん、特に反論もなさそうだから決定』
『おーい一応ウチもいるんだけど?? どうしたらそんなトレーニングからスムーズにイチャつくのに移行できるん…?』
【てぇてぇを過剰供給するな】
【今日がももよい記念日か???】
【これが頂点捕食者か…】
【ももよいは母と子じゃなかったんですか!!!】
【魔王をダシに使う女】
【もう完全にまおー様素に戻ってるな…】
【ほのよい…(小声)】
歴史的大敗を喫したその後も複数のトレーニングをこなしていく。見ているリスナーの人達にとっては面白くないかもしれないが…いや、なんかコメントが盛り上がってるな…。
大方、さっきの話か、はたまたフェチを拗らせたやつが切り抜いて楽しんでいるのだろう。オレのリスナーさんってそんな人達ばっかだし。
『ん、ありがとう。さすがあかりだね。じゃあ、次はまおー様の番』
『分かった。さっきあかりがやっていたものをやっていくのじゃな?』
『ううん。それは後回しにしよう。まずは一度歌ってみて』
『現状を把握する、ということじゃな。…分かった。これも必要なことじゃ』
【ついにまおー様のお歌が聞けるんですね!】
【ごめんな宵俺実はまおー軍なんだ】
【まおー様万歳!!!】
【潜伏していたまおー軍の士気が上がってきたな…】
まおー様のお歌が聞ける、というのでオレの配信のコメント達は大盛り上がりだった。人によっては浮気だ! と言うべき場面なのかもしれないが、オレ自身配信中に他の人の配信を見ていることが多々あるので、むしろこれは布教が成功したと喜ぶべきだろう。というかオレだってまおー様のお歌早く聞きたい。
『で、では…行くぞ?』
『ん』
まおー様が選んだのは最近凄まじい勢いで伸びているアニメのOP曲だった。まおー様のかわいい声とマッチしていてとても…とても…これは…。
【宵が何とも言えない顔してるな…】
【まおー様マジか…】
【味わい深い】
【まおー様の方のコメントで芸術的とか言われてて草】
【魔界ではこれが普通なのかもしれない】
【ここまでとは…】
…上にも下にも音程がズレている。いや、なんなら斜めにも…?
端的に言えば、これは…。
『か、かわいいジャイ○ンリサイタル…』
『ぐっ…』
『あかり』
『あっ、ご、ごめんなさい…』
【草】
【宵お前さぁ…】
【直接下手って言ってないだけ宵にしてはマシな方だろ!】
【逆にレア属性だろこれ】
【オンライブで歌下手なのかなり珍しい気がする】
『あー確かに…永遠さん達もミラ様達もみんな歌上手いもんな』
一期生や二期生の先輩方は前年の歌祭りを見た感じ、飛び抜けて上手い人はいても下手な人はいなかったと思う。
『うぐっ……』
『あかり』
『うあっ!? そ、そんなつもりじゃなくてですね!?』
【まおー様の呻き声すき】
【順調にダメージ入れてるな宵】
【もっと百々ちゃに怒られろ】
【魔王討伐できそう】
【勇者宵あかり】
【その何気ない一言が、まおー様を傷つけた】
【さすがオンライブのダメージディーラーですね…】
【だから仲間にダメージ配るのはやめろって言ってんだろ】
ま、まぁきっと百々ちゃならいい感じにまおー様を歌ウマ勢にしてくれるだろう! まおー様もそう思ったのか、百々ちゃに縋るような半泣きの瞳を向けている。…瞳うるうるしてるまおー様かわいいな…Live2Dのモデルにも実装してくれないかな…。
『そ、それで、どうしたらよいかのう…?』
『………ん、ごめんねまおー様』
『な、何を謝っているのじゃ…?』
『始めにも言ったけど、歌は日々の積み重ねが大事。だから、その、すぐにジャイア…じゃなくて、歌を上手くするのは、無理…かな』
【まぁだよな】
【百々ちゃも言いかけてて草】
【まおー様…】
まおー様が半泣きからガチ泣きに移行しそうになっている。元はと言えばオレの失言もこうなった原因の一つだし…こうなったら仕方ない。まおー様もオレの推しの一人だ。ファンであるオレがなんとか慰めるしかない!
『あ、あのですね、聞いてくださいまおー様』
『う、な、なんじゃ急にそんな真面目な顔で…』
【宵がよいっとしてない…だと】
【顔がキリっとしてる宵は珍しい】
【もっとへにゃれ】
【もっとキリっとしろ】
『まおー様はですね、まずすっごく真面目で…』
『う、うむ』
『お声がロリロリしててかわいくて…』
『……う、む?』
『それにそもそもお顔がかわいすぎ。綺麗なおでこは正直毎日丁寧に磨いてあげたいし、黒髪から伸びてる小さな角舐めたいくらいすこ。あとテンション上がっちゃうと素が出ちゃうのはほんともうだめだし、小さいぼでーから確かに感じる色気が…』
『いや小さくないし!! てかなにそれ褒めてるの!? さっきもだけどもしかしてウチあかりちゃんに悪いことした!?!』
あ、あれ〜〜???
【ほぼ声と身体じゃねーか!!】
【内面真面目として言ってなくて草】
【仄ちゃんの時から何も成長していない…】
【こいつ俺らにセクハラするなとか言うくせに自分では迷わずセクハラするよな】
【これまおー様泣いてない??】
【素まおー様かわいすぎるだろ…よくやった宵】
【これが宵あかりです…】
【これが宵あかりか…】
『いや、今のはセクハラではないだろ!? だってロリなのに色気が出てるんだもん! こんなの天然記念物じゃん!! 保護しなきゃだろ!』
『あかり』
『ひっ、スイマセンスイマセン…!!』
『その、まおー様…うちのあかりがごめん。この子なりにフォローしようとしてるんだと思うから…』
『う、うん…じゃなくて! うむ、いや分かっておる。あかりはそういえばこういう子じゃったな…』
大丈夫、伝わっておる、とオレの方へ目線を向けるまおー様。ほら見ろやっぱ大丈夫だったじゃないか!
『ん、でもまだ歌祭りまでは期間があるから。毎日練習すればきっと大丈夫。私もあかりもいつでも相談に乗るよ』
『えっ』
『し、
よかった、よかった。これぞ雨降って地固まる…で合ってたっけ? というやつだろう。なんかオレもまおー様を手伝うことになっちゃったけど…。
さて、じゃあ再び二人のお声に耳を澄ます作業に戻るとするか…
『その前に…あかり、一度お手本』
『はーい。…はい??』
『今日はまだあかり歌ってないから、ね?』
ね? じゃないんですが?? 百々ちゃはともかく…まおー様の前で歌うの? オレが…??
『歌祭りではもっと大勢の前で歌うことになるから、それの練習も兼ねて。まおー様もよく聴いててね』
『うむ。勉強させてもらうとしよう』
『じゃあ、はい』
渡されたマイクを握りしめる。ええい、これがまおー様のためになるならやってやるわい!!
そうやってなんとか心を奮い立たせ、オレはマイクのスイッチをオンにしたのだった。
◇
「あかり、この後時間ある?」
配信も終わり、結局何曲か歌わされて精神的に疲労していたオレへと、百々ちゃがそんなことを言ってきた。
次回の配信の打ち合わせとかだろうか? 帰りたい…気もするけど、まだまだ今日見たい配信が始まるまでかなり時間が空いているし…ここは「はい」と返事を、と思ったところで百々ちゃからじっと顔を見つめられた。…分かった分かったよ! 敬語はNGだろ!? 正直いいのかな…という気もするけど、敬語も敬語で疲れるし、じゃあ遠慮なく!
「う、うん…。え、えと、大丈夫」
…遠慮なく、などど言っておきながらちょっと緊張で声が上擦ってしまったが…オレにしてはよくやっただろう。また一歩コミュ障から脱却できたな!
「ふふ…じゃあご飯食べに行こう?」
何が食べたい? と百々ちゃが聞いてくる。うーんお肉? とふわっと答えると百々ちゃが美味しい鉄板焼きのお店があるからそこにしよう、と言ってきた。
そういえば鉄板焼きのお店って行ったことない気がする…じゃなくて!!
「えっ、一緒にその、ご飯、行くの!?」
「うん」
うん、じゃなくて! さらっと言ってくるがこっちからするとそれなりにハードル高いんだからな! …でもお肉は食べたい…いやしかし…。
そんな風に内なる葛藤と戦っていると、百々ちゃが悲し気な顔で「ダメ?」と言ってきた。うう…。
「わ、分かった。その、よろしくお願いします…」
「やった。まおー様も行こう?」
「あ、はい是非!」
美女の悲しそうな顔と美味しいお肉は男子高校生には威力が高すぎる。今のオレは女子高校生だけど。
こうして、オレは百々ちゃ達に連れられて本社を後にした。
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