10 『清楚とはつまりそういうこと』

『──本日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。それでは皆様、またお会いしましょう』


【お疲れ様でしたー!】

【生きる気力をどうもありがとう…】

【今日も終始顔と声が良すぎた】

【お疲れさまー!】


 その言葉を最後に、リスナーの返事を眺めつつ画面を操作して配信を終了させた。初めの頃に比べれば随分と慣れたものだなと、我ながらそんなことを思う。

 時間が経つのは早いもので、私が私になってからもう今日で半月近くになるんだったか。その期間ほぼ毎日同じことをやっているのだから、それもまぁ当然と言えば当然かもしれない。


 …大切な友人の頼みだったから断りこそしなかったものの、実のところ始めはあまり乗り気ではなかった。

 見るのとやるのとでは当然だが大違い。どんなものだってそうかもしれないけれど、舞台裏というものは表には見えてこない様々な苦労や面倒事がある。


 言ってしまえばこれは好きだからこそ続けられる、そんな職業なのだから。


「…んー」


 首に掛けていたまだ真新しいヘッドフォンをデスクに置き、配信中邪魔にならないよう後ろで結んでいた髪を解くと、立ち上がりグイグイと身体を伸ばす。

 そして先ほどまで私が映っていた画面とは別の画面へと目を向けた。


『──だからさぁ、単純に露出度が高ければ良いってもんじゃないと思うんだよな。むしろ布面積が大きい方が逆にエッッ!! ってなるっていうか…』


「ふふっ」


 その画面を見て…正確にはそこに映し出された彼女・・の姿を見て、自然と笑みが零れる。

 誰よりも楽しそうで。自由で。無敵みたいな言動の彼女。

 そう、この職業は好きだからこそ続けられるのだ。けれど別に、好きである対象が仕事そのものだけである必要なんてどこにもない。


 初めて彼女を見たのは初配信の日、あのスタジオで。


 スタッフの人達に連れられてやってきた彼女はとても目を惹く容姿、有り体に言えば美少女だった。

 癖一つなく綺麗に流れる黒髪。緊張からか仄かに赤らんだ頬。化粧っ気はまるでなく、服装もこれまたシンプルなオーバーサイズのパーカー。

 私は自分の容姿にそれなり以上に自信があるし、世間一般からしても間違いなく美人というカテゴリーに属するだろうが、その少女はそんな私から見ても可愛らしく映った。


 おそらくは高校生くらいだろうか? 不安なのか、スタッフに囲まれて所在なさげにしているのが、まるで小動物のようで──


 ヤッッッッバ~~~~!!!? 待って待って待ってめっちゃカワイイじゃん何~~~~~~~~~~~~♡♡♡ 顔が、ご尊顔が天才すぎる…………ッ!?


 ──一目惚れ、してしまったのだ。


 ほんと、今思い出しても可愛かったなー…。


『は?? そんなに露出度高くないだろ、ほら見ろよ!』


 遠目からでもはっきりと分かるナマのガチの美少女。あの場で叫び出さなかった自分の鋼の理性を褒めてあげたい。というかめちゃめちゃ褒めた。

 そのまま配信もリアタイで見れればよかったんだけど、自分の配信が後に控えていたこともあって、泣く泣く断念。後日アーカイブで…ていうか、Twitterに流れてきた切り抜きの動画で彼女の初配信を見た。


 はぁ~~~~~~~~~!? オレ!??! オレッ娘!? てかTSっ娘!!!? ヤバヤバのヤバ!! 待ってあんな警戒心つよそーな感じの小動物感溢れる娘がオレッ娘!?!?


 わかってるわかってるVとしての演技でしょ、言われなくてもわかってるってわかってるけどヤバ~~~~♡♡ お声もカワイイもうむりしゅき……(絶命)


 現実リアルと二次元アバター、両方で推しになった。文句なしに最推しだ。もちろんその後でアーカイブもちゃんと見た。なんなら他の切り抜きも果ては海外の反応みたいなやつまで彼女に関係するものは全部見た。激ヤバだった。

 その後も私の名前を配信で出して可愛いと言ってくれたり、そのあまりの嬉しさに我慢できずチャット欄に凸ってしまった私にすかさず神対応をしてくれたり…はぁ、すき…。


『え? ああ、これ一応、上着はパージできるけど…』


「ふぅ…」


 ぱたぱたと顔を手で扇ぎ、思い出し笑いならぬ思い出し興奮してしまった身体をクールダウンする。

 欲を言えばこうして動画やTwitterを眺めるだけではなくて今すぐにでもメッセ送り合いたいし通話もしまくりたいと思っている。願わくばそこからリアルでも仲良くなって先輩方がやっているようなお泊り配信までいきたい。ていうかもうそうしちゃお? ね? と心の中で繰り返し悪魔の囁きが聞こえてくるくらいには思っているのだが…


「たぶんグイグイ行かない方が良さげ、なんだよね」


 あくまでも現実の彼女をパッと見た印象でしかないけれど、と心の中で付け足す。

 ああいった子は距離を一気に詰められることを嫌がるのだ。少しずつ少しずつ、ゆっくりと時間をかけて警戒されないよう自然に距離を縮めていく必要がある。…ということを、ある友人との付き合いから私は既に学んでいる。


 ──まぁ、とはいえ。


「コラボなんだし、多少の積極性は見せたって大丈夫だよね??」


 そう、これは仕方のないことなのだ。だって運営側が勝手に用意した舞台なんだし!

 むしろチャット越しとは言え配信で絡んだことのある相手と話さない方が不自然というものだろう。つまりここでの絡みはどうあれ自然なものと言っていいはずである!


 コラボという強力な免罪符を手に入れた私を止められる者はもはやいない。


『待っていてくださいね、あかりちゃん?』


『ほらよ、脱いだぞ』


 画面から聞こえてくる彼女の声をBGMに、私はコラボの日への決意を固める。

 …それはそれとして、今見ている配信は後でじっくり見直そうと誓った。

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