第1話『勇者の凱旋』
「勇者様!!!」
「お帰りなさい!」
「ありがとう!!!」
人々の歓声が二日酔いの脳に響く。昨日30になった勇者は、つい先日に魔王を倒した。20の時に異世界に転生させられ、そこから10年、3人の仲間と旅をして力をつけて、悪しき悪魔の王である魔王を討ち滅ぼしたのだ。世界を救った代償は、仲間の死という残酷な方法で勇者を1人にした。
王都グローセは、勇者の仲間が死んだことで喪に服するのではなく、魔王が倒されたことに歓喜して勝利の宴を開いた。勇者の仲間の死については『悲しむべきものではなく称えるものだ』というような、なんとも身勝手で取ってつけたような言い訳をして。結局誰も、勇者たちを見ていなかった。世界が平和になればそれでいいのだ。
今日は凱旋、勇者が王都に戻った日。祭りに騒ぐ人々の中で勇者だけが、どうしようもない気持ちを吐き出すこともできず、憂鬱な面持ちで俯いていた。
「ありがとう勇者よ。そなたのおかげでこの世界は危機を脱した。よって勇者には公爵位を与え、我が王国の一翼を担ってもらいたい!」
「「「おめでとうございます勇者様!」」」
なぜ俺は祝われているのか。公爵として与えられた領地は魔王の領地との境目。どう見ても壁としか思われていない。仲間の死は、街に銅像を建てることで、たったそれだけで終わらされた。確かに英雄譚として語り継がれるだろう、勇者と"その仲間"の魔王討伐譚として。
「王様、仲間の墓は俺に建てさせてください」
「よかろう。勇者よ、よくやった」
「……ありがとうございます」
どいつもこいつも、勇者、勇者、勇者。俺の名前を呼んだのは仲間だったあの3人と、この世界に俺を送り込んだ女神だけだった。
結局人間ってのはどこまで行っても人間だ。魔族と大差ない。
思い出されるのは仲間の顔、そして魔王の死に際。一際脳裏に焼き付いて離れない、仲間の死。
俺はこの世界に来て、間違ったことをしていないだろうか。もしかしたら魔王を倒す必要はなかったんじゃないか。
そんな考えがずっと片隅に根付いて離れない。救いも希望も全て、置いてきてしまった。
魔王は想像していたような、悪魔のような屈強な男ではなかった。幼い、10代かそこらの男の子が、魔王として戦っていた。死ぬ間際、魔王の『祖国を守れなかった』という呟きは、今も耳から離れない。決して忘れられない、そして人間は知ることもない、魔王の覚悟が現れた言葉だ。
それに、俺らが攻め込んだ時はすでに破壊の跡が見えたじゃねえか。
大陸を横断して飛ぶ破壊術式が人間によって撃ち込まれていた証拠だった。これは世界を守るという単純な話ではない、これは戦争だった。どちらもお互いを攻撃していたし、魔族ひとりひとりが強いのは種族としての話。ただの種間競争でしかない。各々の力が強い代わりに、数は極端に少ない魔族は、メリットもデメリットもある上で戦っていた。
……今となっては王も怪しい。
10年前の王の言葉を思い出す。
『ーー魔王は悪魔の王にして冥界の守護者である。悪しき力を駆使し、人間を討ち滅ぼすために進軍してくるのだ。このままではこの世界も危うい。よって勇者よ、そなたは仲間を引き連れ、魔王を滅ぼしてやるのだ。頼んだぞ、我らが希望』
あの魔王が悪魔の王だったのなら、我らが王は邪神か破壊神だ。俺たちを見ていない瞳は、どこか遠くを眺めていた。民にとっては良き王だったかもしれない。しかし、この世界の頂点となるにはあまりにも酷かった。
そういや、明後日はあの大流星群だっけか。
アヴニール流星群、またの名を讃えられし夜。大きな出来事の節目に現れるとされる流星群。同じ周期で現れるかと思えばそうではなく、何か重大な出来事の起こる日に観測される、星の降る夜。
仲間たちと見る約束をしたのだ。全員で魔王を倒して、それから空を眺めようと。
アヴニール流星群の予兆は、事前に分かる。国中の龍たちが1ヶ月前になると一斉に動き始めるからだ。普段全く外に出ず山の頂に身を隠す、今では少なくなった龍たちは、流星群の到来を感じ取って世界の中央に集まり、誰もその天辺を知らない世界樹にやってくるのだ。
『ねぇ、もしかしてあれって龍じゃない?』
『本当だ! 久しぶりに見たな。あれだけいるってことはーー』
『讃えられし夜が来る……』
『一緒に見ようね、流星群』
『『『立夏』』』
魔王討伐の3週間前、俺たちは約束した。名前を呼んでくれた仲間と、流星群を見ようと。魔王を倒して世界を救って、それからゆっくり日常を楽しもうと。
結果はこの有り様だ。討伐のために3人の命を失ってしまった。
勇者ってのは結局兵器でしか無かった。俺が勇者である理由なんて、運が悪かったってだけだ。
この感情を向ける矛先はどこかに消えた。魔王を倒して気が付いてしまった。でもそれを口に出せば俺は俺でいられない。再び日本に戻ることは絶対にできない、この世界を救った勇者『文月 立夏』はきっと壊れてしまう。
気が付かなければよかったのに。
王との謁見を終え、城を出る勇者の表情が沈んでいることに唯一気が付いたのは、皮肉にも王だった。
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