浮気の残り香『解決編』〜消えたその香り〜その3

10月31日 午後五時 父の部屋にて…


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 気まずい。


 久しぶりに父さんの顔を見た。なんだか前より少し老けて見える。


 久しぶりに会って話したいこと沢山あるのに何故か緊張して口が動かない。まぁそれは父さんも同じなんだけど…


 ただ言わなくてはと思い俺は口を開く。


「父さん・・・まずは色々と心配をかけてごめんなさい!」


 俺は深々と頭を下げる。


「・・・・・・」


 父さんは無言のまま俺を抱きしめた。


 久しぶりの父さんの温もり、抱きしめられたはいつ振りだろう。高校受験で合格したとき以来だっけ。


「とっ父さん?!」


「もう本っ当に心配したんだぞ!」

「ゆうきが引きこもっている間たまに部屋から泣き声が聞こえてくる時とか父さん本当に心配したんだぞ!」

「ゆうきは父さんにとってたった一人の息子だよ!俺の宝物だよぉ!」 


 父さんは俺の肩で泣いていた。初めて父さんの泣き顔を見た。汲んでも尽きない井戸のように、涙が目に溢れていた。


 それを見て貰い泣きかどうかは分からない、でも泣くと不思議と気持ちが軽くなった。


「でも…本当に良かった、こうして今父さんの目の前に元気なゆうきがいるから」


「あぁ、全部父さんと奏汰くんのお陰だよ!」

「ありがとう!」

「それで、父さん相談の話…」


(グウゥゥゥ)

父の腹がなる音


「・・・・・・」


「ご飯食べてからにしよか…」


父さんはハハハッと少し笑い俺に言う。


「あ、うん!」



 ご飯中、俺と父さんは久しぶりに一緒の食卓でご飯を食べながら面白いことを話したりこの引きこもった俺と父さんの空白の一年間の話をした。久しぶりに食卓に活気が戻る。


 いつの間にか父さんは部長になっていて部下や近所の人達からの信頼が凄いことになっていたり、俺の引きこもりの件で学校に行き、その時偶然元カノがまた新しい金づるを捕まえたという話を友達としていたのを先生に聞かれ、色々と悪事がバレて泣きながら退学手続きをしている所を見たりした。


 あっという間に時間が過ぎていった。


 今までで一番長いご飯の時間、でも俺と父さんには一番短く感じた。





 飯を食べ終わり一段落してテーブルで向かいあうように座った状態で俺は父さんに言う。


「父さん…」


 プルプルと俺の唇が震える。緊張が走る。


「う…浮気してるんだ……母さん」


「・・・・・・」


 しばらく沈黙が流れる。この時間が俺にとってはとにかく怖かった。テストで悪い成績を取って父さんが成績表を見るまでの時間よりも怖かった。


「……そうか」

「やっぱり…そうだったんだな」

「一人だけ辛い思いさせてすまない」

「本当に、よく言ってくれた…」


 そう言い父さんはカバンから未開封の封筒を取り出しテーブルの真ん中に置く。


「なにそれ?」


「これはこの前探偵の人に浮気調査を依頼したものだ」


「え?父さんも気づいてたの?」


 俺は目を見開いて父親に聞く。


「まぁ疑い始めたのはつい一ヶ月ほど前にな…」


 父さんから聞いた。


 一ヶ月前に俺が引きこもっている時、母さんは父さんに「ハロウィンの日ママ友と一週間の海外旅行を計画してるんだ!だからお金ちょっと払ってくれない?」と突然言ってきていた。


 父さんは今まで母さんがママ友とどこかに遊びに行ったり交友関係を深めたりしてるとこを見たことがなく、なんだか怪しいと思い探偵を依頼した。


 そしてつい昨日封筒が届き俺と一緒に今日のハロウィンに開けるつもりだった。まぁ俺がまだ今も引きこもっていたら一人で開けるつもりだったらしい。



「ゆうき、覚悟はいいか?父さんは出来てるぞ」


 中を開けると母さんと浮気相手の写真が…、正直見たくない。見てしまったら気持ち悪くて吐き気がするかもしれない。


 でも、見ないとこの先進めない気がする。


「うん、父さん開けて…」


「分かった。んじゃ開けるぞ、結果はもう分かってるけど…」


 ビリビリっと勢い良く袋を開け、中から沢山の写真を取り出す。


 予想通り母さんと浮気相手が写真に写り込んでいた。


 テーブルが浮気写真に飲まれた。


 浮気相手とホテルへ入っていく写真・一緒に多目的トイレに入っていく写真・帰りのキス写真・そして俺たち家族で旅行の時に使っている車でセックスをしている写真がずらりと並んでいた。


 本当に胸が苦しい…。初めから大体想像できる事なのにどうしてか信じたくなかった。


 ただこれはありのまま起こったことだ。嘘や偽りなど無い。信じるしかないんだ。


「・・・・・・」

「ゆうき、母さんと戦う覚悟は……」


「出来てるよ!」

「俺はもう独りじゃないから!」

「母さんが戻ってくるまでに色々と終わらせよ!」

      

 少し言うのを躊躇ためらった父さんに俺は即答した。


「ゆうき…」

「成長したな…」


 即答する俺に一瞬目を見開いたが、すぐに父さんは穏やかな笑みを浮かべながら俺に言った。


 それに対し俺も穏やかな表情で「うん」と返す。



     〜時は既に夜11時〜


「ゆうき今日はもう疲れただろ、早く風呂入って寝な!」

「明日から忙しくなるぞ!」


「うん分かった!」


 そのまま俺は風呂に入り、眠りにつく。

久しぶりに安心してぐっすり眠ることができた。


      〜翌日の朝〜


11月1日。


朝、俺は昨日まで触ることスライス怖かったドアノブを回しリビングに出た。


「父さんおはよ、何作ってるの?」


「あ、わからない?」

「これはね、『ベーコンエッグのオープンサンド』を作っているんだよ!」


 フライパンの上ではベーコンは油の上でジリジリ音をたてながら踊り、目玉焼きは白身と黄身の色が段々と濃くなっていった。


 しばらくしてコンロを切り、ついさっき焼き上がった四角の薄茶色の焼き目の付いた食パンに野菜室から軽く水洗いした生グリンリーフをレジャーシートのように敷き、その上にベーコン、目玉焼きの順で盛り付けをした。


 そしてその目玉焼きの上にブラックペッパーを少々とマヨネーズをお好み焼きにするようにジグザグと塗った。


「え?マジで?!」


「うん、まじで」


 俺がこんな反応を見せるのには理由がある。それは俺が高校受験当日の日のことだ。



 その日の朝、俺は余裕を持って試験会場に行くため、いつもより1時間ほど早めに起きていた。


 その時、今日みたいに父さんが俺への受験の応援のために作ってくれたのがこの『ベーコンエッグのオープンサンド』だったが、今日作ってくれたような美味そうな見た目ではない。


 前作ってくれていたときは目玉焼き?と呼べない形が崩れた目玉焼きに卵の殻が入っていたり、真っ黒に焦げていたベーコンがあったりと、色々と散々な形になっていた。


 味も微妙で美味いか、不味いのか分からない感じだった。


 それがこんなに美味そうになったんだ。きっと父さんは沢山練習したのだろう。


「めちゃうまそー!」

「父さん!もう食べていいか?」


「おう!いいぞ!食え食え!」


 ニコリと笑う父のそばで俺は大きく口を開け、それに噛み付いた。そして何度か噛んでゴクンっと飲み込む。


「うんめぇー!」

「父さん天才だな!」


「だろ!だって父さんだからね!」

「あ、早く食べろよ!この後行かないと駄目な所があるから」


「ん?どこ?」


「まぁ、行けばわかる!」


「お、おう…」


 そのまま俺は久しぶりに父さんが作ってくれた朝食を食べ終え、色々支度して家を出る。


 俺はひたすら父さんの後ろをついていった。そして駅に着いて切符しんじつを買った。


「父さん、この行き先って…」


「あぁ、そうだ、わかっただろ!」


「うん、これ母さんの………実家」


「そうだ!」


 父さんは笑いながら俺に言った。

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