第277話 僕の一太刀



 静かだ。


 気がつけば僕は初めての事に衝撃を受けたのか、一人で息を切らせていた。


 その呼吸だけが耳に残る。


 やがて海の波の音が遠く響いて来た。


 そうやって自分だけの世界から引き戻されていき、僕はようやく雪牙丸に向かって歩き出す。


 抜き身の刃を構えたまま、一歩一歩近づいていく。


 これが僕の剣なのか。


 僕は、人を——。




「……」


 僕は地面に仰向けに倒れている雪牙丸のそばまで来ると、がくりと膝をついた。


 雪牙丸は————まだ生きていた。


 気を失って白目を剥いたまま、口を開けて倒れている。僕の一撃を受けた時の驚いた表情をそのままにして倒れているのだ。


 開いた形の良い唇からは、人のものとは思えない尖った牙がのぞいていた。


 そこからかぼそい呼吸を洩らしていて、僕は彼が生きていることを知ったのだった。


 傷は斜めに彼の身体を横断していて、決して浅くは無い。それでも彼が生きているのは、やはり鬼のつのの力なのだろう。


 そして彼の胸に埋め込まれた鬼達のつのは——粉々に砕け散っていた。





 つづく

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