第272話 僕は僕のできることを!


 雪牙丸は自分の背後に現れた侍女を捕まえると、僕らによく見えるように突き出した。


「ひっ……!」


 頭をつかまれ、もう片方の手で首元を押さえつけられている。雪牙丸は冷たい声で言った。


「母上を放さなければ、此奴こやつの頭を引っこ抜く」


「は?」


 僕と月河さんは呆気に取られた。


「ば、馬鹿なことを言うな! 命じているのはこっちじゃ!」


 慌てて月河さんが優位に立とうとするが、雪牙丸は薄く笑った。


「ほう、そうか。其方そなたらは鬼じゃからなァ。こんな婢女はしための首一つなんとも思わぬのだな?」


 そう言って侍女の頭をつかむ手に力を込める。メリッと音がして侍女の顔がひきつって歪んだ。


「っ……助け……」


花木はなぎ!」


 美羽のお母さんが侍女の名を呼ぶ、悲鳴のような声を上げた。僕も雪牙丸の卑怯な話ぶりに腹を立てて叫んだ。


「その人を放せ!」


「……そちらが先だ」


「くそっ!」


 足元を見てやがる。


 そんな僕らの心を読んだかのように雪牙丸は笑った。


「其方らはこいつを放っておけまい。目の前で罪もない女が死ぬのは辛かろ?」


 喉の奥でくっくっくと笑う雪牙丸に月河さんが吼えた。


「卑怯者め!」


「そらどうした!? 我は躊躇ちゅうちょせぬぞ!」


 そう言って更に手に力を込める雪牙丸。


花木はなぎ、花木! 雪牙丸、手をお放し」


 母親にそう言われても、彼は手を止める気配がない。


 そして僕の方が根負けした。


「わかったからその人を放せ」


一志かずし!」


 月河さんの言いたいことはわかる。彼は鬼だから人間の女性一人死ぬのは気にも留めないだろう。


「月河さん、あの女性がいないと美羽みう美紅みくが無事に産まれないかもしれない。だから美羽のお母さんを盾にするのは諦めよう」


「くそっ、せめておぬしだけでも逃がしたいが……」


「美羽のお母さん、美羽をよろしくお願いします」  


 僕がそう言うと、それを合図に月河さんは美羽のお母さんに突きつけていた光の針を消して彼女を放した。もともと彼女の考えで人質にしたのだからどうってことない。


 戦うだけだ。


 僕には『鬼丸』がある。


 月河さんもいる。


 おまけに未来で雪牙丸に会うのだから、ここで彼を倒せないのも確定している。


 それでも、僕は僕に出来ることをする。そのためにここへ来たはずだから。





 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る