第261話 思いを託して、彼らは去る


 白い光の槍は空気を裂いて雪牙丸せつがまるの胸をつらぬいた——はずだった。


 雪牙丸は刹那に掴まれていた両腕を身体の前へ突き出したのだ。


 その両腕を抑えていた北辰ほくしんさんと南冥なんめいさんが光の槍の前に差し出される。


「——!!」


「逃げて——!!」


 僕の悲鳴も、誰かの叫びも何もかもごちゃ混ぜになった混沌の瞬間——。


 雪牙丸の腕を放す間もなく、双子の鬼は白い光の槍に串刺しにされた。


「あ……あ……なんで……」


 僕は思わず顔を覆った。


 見ていられなかった。


「北辰! 南冥!」


 月河げつがさんの血を吐くような叫びが通り過ぎる。彼が白い砂の庭を走って行くのがわかって、僕は涙に濡れた顔を上げた。


 中空でもつれた三人がぐらりと揺れて白い庭に落ちて来るところだった。


 光の槍はすでに消えて、双子鬼はドサリと転がる。雪牙丸はかろうじて地面に降り立ったががくりと膝をついて肩を震わせた。


 さすがに渾身の力を振り絞ったと見えて、額から血と汗が流れ落ちている。剥き出しの肩や腕には裂傷や火傷が残り、白い端正な顔は煤けていたが、その眼は怒りで青白く燃えていた。


 雪牙丸は僕をひと睨みすると、ジリジリと後退あとずさり、その体勢のままぱっと後ろに飛びすさった。竹細工の垣根を悠々と越えると、僕らの前から姿を消した。


 よほどの痛手だったのだろう。


 少しだけ警戒を緩めると、僕はすぐに月河さんたちの所へ駆け寄った。


 月河さんは北辰さんの残された右手を取って話しかけている。


 僕もそばに膝をついて、南冥さんの左手を取った。彼の手はもうすでに冷たくなってきていた。


「南冥さん……」


一志かずし……後を頼むぞ……月河は……泣き虫ゆえ……」


 はっとして隣を見れば、月河さんは北辰さんの手を握りしめたままボロボロと泣いていた。


 無理もない。


 自分の技が二人に致命傷を与えてしまったのだから……。


「……なんだ、お前も……泣き虫だな……」


 南冥さんは僕を見て微笑んだ。


 僕の頬もいつの間にか涙で濡れている。どうして僕はこうも無力なんだろう。刀を使える『僕の中の僕』が出てきてくれればいいのに。


 二人の切り落とされた腕の傷口と、胸に空いた傷から、光の粒子がこぼれ出て天に昇って行く。


「……託したぞ……」


「はい……!」


 僕は力強く返事をした。


 やらなくてはならない。


 何が出来るかわからない僕だけど、やらなくてはならない。


 僕は南冥さんの手を強く握り返した。





 つづく

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