第259話 優しい思い出は


「いいのだ……一志かずし……もう、鬼姫の鬼力きりきを無駄に使うな……」


「無駄なんてことないよ! 今助けるから——」


「……一志……」


 太歳たいさいさんは僕の手を強く握りしめた。まるで最後の力を僕に渡そうとするかのよう。


「——あ!」


 僕の脳裏に太歳さんの記憶らしきものが流れ込んで来る。


 断片的だけど優しげな暖かい記憶。


 ——子どもの頃の太歳さん達。


 それは子どもの頃の思い出だった。太歳さんだけじゃなく、北辰ほくしんさん、南冥なんめいさん、月河げつがさんそれに其角きかくさんと——美紅みく


 ああ、皆んな幼馴染だったんだ。


 小さな集落だから当たり前だけど、少し歳が違っても仲良く走り回って遊んでいる。泣いたり、笑ったり、くるくると表情が変わる皆はいつも一緒だった。


 それから少し大きくなった彼ら。


 今度は戦いの訓練だろうか。皆、それぞれ自分の得意な能力を伸ばすように練習している。その中でも美紅は全てのことにけていて、子どもながらにも誰よりも強いのがわかった。


 それからまた少し成長した皆は、美紅を鬼姫としてあがめていようだ。誰もが美紅を尊敬しながら誰も手を出さない——そんな均衡が保たれている。


 それでいて皆がお互いを尊敬し合い、仲間として強い絆を持っていた。


 そこに不穏な空気を流し込んできたのは、漂着して来た人間——雪牙丸達だったのだ。




「………」


 そこで太歳さんの思い出は途切れた。


「……一志、あとは頼むぞ……わしはもう逝く。……鬼姫を頼んだ」


「太歳さん!」


 太歳さんの身体が生き返る前の身体に戻っていく。僕の手を握る逞しい手から力が抜けて行くのが感じられる。やがて致命傷になった首の傷が開き、ちぎれそうになる。


「太歳!」


 月河さんの叫びも虚しく、ごとり、と太歳の首が落ちた。


 僕は元の屍に戻ってしまった太歳さんの手を握り返した。


 ——太歳さん。


 月河さんが隣で肩を震わせている。再び仲間を失ったのだ。無理もない。


 それも仲間の能力で命を奪われたのだ。


 月河さんは怒りと悲しみで声を振るわせた。


「おのれ雪牙丸!」


 それは双子鬼も同じだ。


 いっそう速さを増して雪牙丸への攻撃を増やして行く。雷撃と風の刃はその数を増やして雪牙丸に襲いかかる。


「あっ!」


 彼らの攻撃が当たりそうになった瞬間、雪牙丸の姿がかき消えた——。





 つづく

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